「物語」のこだわり、「キャラ」への想い

ここからは、キャラクターや物語を作る際の、先生のこだわりを探っていければと思います。まずはキャラについて。「ハックス」の主人公のみよしが、テンションが上がると腕を伸ばしてパタパタさせるなど、行動の1つ1つにもキャラクターの特徴を出そうとしている印象を作中から受けました。

今井結局キャラクターの演技ってそういう所で出ると思っています。考えていることが仕草に出るというのは、今でも一貫して意識しています。漫画だと特に、性格と外見を完全に一致させられるのも強みですね。

(Kさんの質問)多様な面を持ったキャラクターが今井先生の作品の魅力のひとつだと思うのですが、それぞれのキャラクターの性格はどのくらい物語を進めるにあたって影響を与えているのでしょうか?

今井キャラが演技をしているうちに、段々とキャラが固まってくるというのはある気がします。それこそネームを描いている時にポロッと出た一言で、自分の中でもそのキャラの印象が変わることはよくあります。
『ハックス!』の秦野さんがまさにそういうキャラで、最初はモブキャラのつもりだったんですよ。アニメとかオタクトークに、黙っているけど分かっているキャラがいたら面白いかなぐらいの気持ちで、画面に友達Aみたいな感じで出したんです。この後ストーリーにどういう絡み方をするか全く考えずに出したんですけど、何回か背景にいるキャラとして描く内に、段々育っていき、最終的には準ヒロインみたいな感じになってしまいました。

(Tさん)逆に「よあけ」に出てくる銀君は、最後にちょっと陰が薄くなっちゃったかなと思ったんですけども……

今井鋭いですね。実は最終回がページギチギチで、銀君のエピソードを1個削ったんですよ。本当は銀君のお母さんと話すシーンがあって、割と気に入っていました。キャラ的には前回で一応の上がりを迎えていたので、泣く泣くカットしたんです。
最初思った方向に行かなかったキャラは沢山いるんですけど、とりあえずキャラのやりたい事とか、向かっている方向が、最初よりもどんどん良くなっていった印象があったので、そのせいで失敗したことはあまりないですね。自分が計算もしていない方向に、キャラが勝手に育ったのは自分で描いていても楽しく、勝手にこういうことをしたいと主張するようになったキャラを、いかに本筋に回収していくかというのが、パズルのようで面白かったです。

(Kさんの質問)伏線が次々と繋がっていくラストに感動したのですが、初めから終わりまできちんとプロットを組んで描いているのでしょうか?

今井初めと終わりはなんとなく考えているんですけど、話数ごとに割っていくというか、各話の詳しいエピソードはその場その場で作っていますね。個別のシーンは1番面白く見える方向に振っていくみたいな感じです。
あと1つの大きな話で、最初と最後で同じキャラが同じような行動をして、あたかも伏線だったかのように見せることがあるんですけど、ネームを描いている時になって、「前やったあのシーンが使えるな」と気付き、これを伏線だったことにしようというのは、現場的な話として結構あります。
最終回は、『ハックス!』の場合だと文化祭の上映会で、「よあけ」の場合は宇宙船を飛ばして終わりというのがあったので、最終回の時点でメインのキャラが同時に着地点にたどり着けば良いかなという気持ちでしたね。そこに収束するまでの過程は、むしろキャラごとにバラバラの方が楽しいかなという感じで描きました。

物語としては大団円を迎える一方、ハッピーエンドとは言えない着地点に行き着いたキャラも、先生の作品には登場しますよね。

今井そこは賛否両論で、嫌いな人はほとんど受け付けてもらえなくて……『ハックス!』の深山先輩のラストも、気に入ってもらえる人と、「今井は性格が悪すぎる」という人のどっちかでしたね。
ただ何でそういうラストを選ぶかというと、漫画に限らずリアルの生活でもそうなんですけど、「1回挫折して痛い目を見ないと、反省しないなコイツ」という人っているじゃないですか。そういう人には漫画の中でもそうさせてしまいます。僕なりにそのキャラが大好きなんですよ。このまま大人になったらロクなヤツにならないぞという。だからお前には誰も都合良く救いの手は差し伸べさせない、まずお前が失敗して傷つかない限り先には行けないんだよ、という気持ちで描いています。

(Tさんの質問)わこと花香も最終的には仲良くなりませんでした。

今井最初の時点で、この2人は友達までにはなれないだろうと思っていました。「よあけ」は、悠真とナナコが喧嘩をしながらも仲直りし、最終的には対等な友達同士になる話と考えていました。だからそれ以外は全員脇役で、最後悠真とナナコが将来どうなるかは描いたんですけど、後の子達はもう小学生を卒業したら会わずに、もしかしたらバラバラの人生を歩んでいるかもしれないという気持ちで描きました。
実生活の中で、小学生からずっと仲の良い人ってそんなにいないじゃないですか。自分は、何年も連絡を取っていないけど、お互い頑張っているんだろうなということはわかっているぐらいの距離感が好きだったりします。変な話、この時にがっつり友情を固めて、その時の友情が永遠に続くというのは、新しい人間関係ができていないということなので、自分は気持ち悪いと思っちゃうんですよ。仕事を始めたりすると、 知り合いになる人は変わってくるし、全部の人間関係を平等にメンテナンスすることは出来ないはずです。仲違いがある訳ではないけれど、次第に疎遠になっていくというのは、それはそれで悪いことではないという気持ちがありますね。

ジュブナイル的でありながら、先生の作品はかなりシビアな部分まで踏み込んでいきますよね。

今井僕の1番好きな話のパターンとして、ギリギリの所まで登場人物を追い込みたいというのがまずあります。何も残らないギリギリの所まで追い込んで追い込んで、最後に手に残ったもの、それが凄く大事なものだという話が、自分で描いていると好きなんだと思います。
「好き」、というのは胸のない女の子を描くのが個人的に楽しいのと同じレベルです。要は女の子が凹んでいるのを見てるとゾクゾクするよね、ぐらいの気持ちなんで(笑)

 本日は、学生の様々な質問に答えていただき本当にありがとうございました!COMICリュウでの新連載も楽しみにしております!

 

 


せんちゃん(眉ほそ)あたたメモ
作品から受ける印象通り、絵からストーリー展開の細部まで、一つ一つ誠実に作品作りをしていることがよくわかります。そしてなにより、我々学生の拙い質問にも誠実に答えている先生の姿こそが、誠実な作品作りの実態を物語っているように感じました!


 

文責:あたた(@atatakeuchi)