「アニメ」制作が、「漫画」制作に与えた影響

アニメ制作の経験が創作面にどのような影響を与えたのかを、くわしくお聞きしていきたいと思います。
まず、シンプルなキャラ造形からは「アニメにした時に動かしやすそうだな」、という印象を受けるのですが。

今井キャラクターの線とか絵柄に関していうと、やはりアニメの影響が凄くあると思います。最初投稿した頃に比べ、『ハックス!』の連載が始まる時に割と意識して絵柄を変えたんですけど、その時に参考にしたのがほとんどアニメの絵だったんですよね。アニメーターが描くような線が凄く好きで、当時だと『しゅごキャラ!』というアニメがやっていて、非常に参考にしていました。
自分でもアニメの絵がよく動いているのが好きなので、そういう感じを、漫画を見ていても想像出来るようにと思って、今の絵柄になった気がします。逆に漫画的なペンの線の綺麗さに対するこだわりがほとんどないので、弱点の1つだとも思っています。
そのせいか線というより、シルエットが気持ちいいという感覚で絵を描いていますね。腕とか脚とか、服の1つ1つの重心がどこにあるか、そして全体の塊として、どっちに運動のベクトルがあるのかが伝わる絵を目指しています。

(Kさんの質問)映像作品のように、実際の空間を頭に思い浮かべながら作品を作るのでしょうか?

今井ネームを起こす手順の話になると思うんですけど、その場所に人物が立っていて、カメラでどう撮るかというのを意識して画面を作っているところはあります。『ハックス!』の途中からはレンズも意識するようになりましたね。例えば2巻のp57。
中望遠レンズでちょっとズームが入っている感じです。レンズを選んでかっちり演出すると、格好良い画面が作れるかもと自分の中で思ったのが、このコマです。それまでどっちかというと広角的なレイアウトの取り方が好きというか、大体部屋の中で話が進むので、部屋全体を見せるために広角のパースで描くことが多かったんです。ところがこのコマをなんとなく描いてみたら、自分の中でカチッとはまった気がしました。この辺から望遠レンズも意識して画面を作ろう、というのを少しずつ考えながら描くようになりましたね。

(Kさんの質問)『ハックス!』だと横長のコマで、映画の長回しを連想するようなカットが多く、逆に『ぼくらのよあけ』では細かくコマを割っているように見えます。

今井『ハックス!』は話し言葉をなるべくそのまま文字に起こすというのと、カットを長回ししているっぽいシーンを作りたいというのが僕の中でブームだったんです。
『ハックス!』の場合は作中で出てくるアニメと、作品としては漫画の中だけど、作中の出来事は3次元の現実の出来事なんだ、というのを読んだ時に区別が付くようにと思って、わざと話言葉らしさを強調するように意識して描いていました。
「よあけ」はより漫画チックな表現に寄せようと意識していましたね。キャラの顔のアップを見せて、キャラクターに寄るつもりでコマ割をしていました。

構図でいうと、『ハックス!』が特にそうなんですけど、カメラをぐるぐる回して何気ない会話シーンをスムーズに見せている演出が、個人的には気になります。

今井逆にこれは、漫画だからできちゃう力技なところがあります。映像だったらカメラはフィックス(固定)か、2台程度で十分なんですけど、漫画だと基本的にコマの中を右から左に吹き出しを読むので、コマの中に並んでいるキャラは喋る順に右から左に並んでいないといけないんですよね。
そうするとコマごとに、キャラが喋る順番に合わせて、どんどんカメラを動かさないといけないですし、もし全員の顔を画面に入れたいと思ったら、カメラの高さもコロコロ変えないといけません。これを映像でやってしまうと、凄く見づらくて駄目なシーンになってしまうんですけど、漫画だったら背景をちゃんと描いておけばギリギリOKに感じられます。作画の手間はかかるんですけど、構図を取るっていうことに関していうと、吹き出しと喋るキャラ、リアクションを見せたいキャラを決めたら、この順番にしかならないという風に構図は自動的に決まっちゃうんですよね。
そういう漫画のルールや制約から決まった構図なので、実はあまり好きではないんです。レイアウトとしてはもっと良い絵が描けるはずなんですけど、漫画だと物理的に不可能になってしまうので。

(Tさんの質問)絵柄の話になるのですが、先生の描く女の子が皆可愛くて仕方がないのですが、描く時のこだわりってありますか?

今井まず、女の子は全員可愛いと思って描いています。これはとても大事です。手塚治虫も「女性を描く時は全員美しく描かないといけない」ということを、たしか漫画の描き方の本で言っているのですが、まさに真理だと思います。手塚治虫の凄いところは、たとえば『ブラックジャック』を読むと、ぽっちゃりした娘がヒロインとして出てくる回もあるんですけど、その娘も含めて全員が可愛いんです。
『ブラックジャック』に、片手が義手になった男の子の話があるんです。将棋が強かったのに、右手が義手になってしまって、1回将棋を諦めかける。すると突然、その右手の義手がしゃべりだします。その右手の声に励まされて、最後に右手の義手でコマをパチンと打つのが、凄く格好良いという話があるんです。その義手に、実はブラックジャックがマイクを仕込んでいて、マイクに声を吹き込んでいたのが、男の子をずっと陰で支えてた女の子だったという設定で。それでその娘が、ボールみたいに凄く丸っこいんです。男の子はかなり邪険に扱っているんですけど、その娘が凄く可愛いんですよ。手塚ヒロインでも僕の中でトップに来るくらい好きですね。

以前のインタビューで、子供の頃は親の教育方針で、家にある手塚治虫や藤子・F・不二雄の作品しか漫画を読ませて貰えなかったと仰っていました。

今井今でも好きな作品で言うと、藤子F先生のSF短編が凄く好きです。あれは全人類が読むべき傑作です。
僕が、「ヒロインを酷い目に合わせたい」という欲求は、確実に先ほどの2人に植え付けられました。藤子先生のSF短編も、凄くダークな話が多いじゃないですか。「カンビュセスの籤」とか「ミノタウロスの皿」とかが大好きです。僕も人が酷い死に方をする漫画を、どこかで描きたいのかもしれない(笑) 記憶の1番奥底に、トラウマレベルで残っているんだと思います。

女の子の話に戻すと、とにかく感情の揺れ動きがダイレクトに伝わってくるような、表情の描き分けが魅力的だと思っています。

今井漫画は詰まるところ絵なので、気を抜くと手癖で描けちゃうんですよね。特に怒ったり泣いたりという激しい感情になればなるほど、テンプレな描き方にしていまいがちなので、そうならないよう、頭の中でしっかり意識しながら描くようにしています。極端な話、全てのコマに描かれた表情を、なんでこの表情にしたのかを言葉で説明出来るくらいじゃないと駄目だと思っています。話に絡まないキャラがコマの隅でボーッとしているとしても、キャラクターの性格やその場の会話の流れから、ボーッとしている表情にも変化があると思って描いています。

繊細な心配りが、微妙な表情の描き分けを可能にするのですね。「繊細」、といえばとても丁寧に描き込まれた背景もまた魅力的です。巻末を見ると今井先生はいままでほとんどアシスタントさんを利用せず、1人で背景まで描いていたようなのですが。

今井単純に背景を描くのは好きですね。特にレンズの質感とか、空間の広さまで分かるようなパースをカチッと取れると勝手に盛り上がっています。そこは完全に趣味の領域ですね。「背景描くのが死ぬほど嫌で憎んでいる」という作家さんも一杯いますし(笑)
基本的に漫画に登場する場所は、実際に歩いて写真を撮ってくるようにしています。場所の広さの感覚とか光の当たり方とか、空間の雰囲気を覚えて、それを背景に描いています。

『ぼくらのよあけ』制作秘話!

カバー裏に記載されている情報によると、「よあけ」では背景に3Dスタッフを使われていたということが窺えます。どのような経緯でこのような手法を取るようになったのでしょうか?

今井順を追って話すと、『ハックス!』がアニ研の話だったので、アニメの制作会社に取材として行かせてもらうことがありました。その中の1つに、当時アフタヌーンで連載していた『宙のまにまに』という漫画が丁度アニメ化していたんですよ。編集部の人に頼んで、「まにまに」の制作現場を実際に見に行かせてもらって、アフレコも見学させてもらい、その時をきっかけに「まにまに」の プロデューサーさんと仲良くなりました。
「よあけ」の企画が動き始めた頃、団地が舞台なので『死ぬ程』団地を描かないといけないのは、最初からわかっていました。面倒くさいと言ってはなんですけど、ベランダや窓があったりと、パースを取るのが凄く大変なんです。その上団地の屋上に上がったり、団地の中に住んでいたりというのが、ドラマの中で重要になります。 ところが、締め切りから逆算すると、そのパースで作品を仕上げるのは、どう考えても現実的ではありませんでした。とはいえ、そのような形で、作中の構図が制限されるのは避けたかった。だから、どんな角度からでも自由に描き分けられるようにするには、3Dにした方が良いと思ったんです。そこで、先ほど触れた「まにまに」のプロデューサーさんに相談したところ、すぐに話に乗ってくれたんです。
「よあけ」の頃は毎月、10日から2週間ぐらいアニメスタジオに通って、アニメーターさんと机を並べて作画していましたね。

作業行程はどのような感じだったのでしょうか。

今井連載最後までの構想は最初からあったので、3Dで作ってもらうものをリストアップし、まず始めに団地と人工衛星のモデルを作ってもらいました。その後は、背景までレイアウトを描き込んでいたネームを毎月完成した時点で渡し、それに合わせて3Dモデルを貼り付けてもらいました。『ハックス!』の途中からそうだったんですけど、ネームを拡大コピーしたものを、トレスして下絵にして原稿を作画していたので、同じ方法で「よあけ」も、ネームにぴったり合わせた構図を出してもらった3Dの絵を元に、それを上からペンでトレスする形で描いていました。

3Dを外注する漫画家さんってほとんどいないんじゃないでしょうか?

今井僕も次はやらないかなと思います。まったく同じ建物を繰り返し、3点透視をバリバリ使いまくって描くという特殊な事情があったので。実際アニメ会社さんに振って、上がってきた3Dに直しを加えるというやりとりは、それなりに手間がかかりました。だから効率としてはそんなによくは無かったです。同じことを作画でアシスタントにしてもらっても、日数は同じくらい掛かったかなと思います。ただ人間のアシスタントで、同じレベルでどんな角度からでも団地を描ける人は、そうそう見つからないので、そういう点では非常に助かりました。

(Sさんの質問)「よあけ」の作中では、近未来化されたガジェットを使いこなしながら、自然の中で今と変わらず遊ぶ悠真たちが印象的でしたのですが。

今井無邪気に未来に向かってワクワクできるようなSFを作りたいというのがまず頭にありました。それこそ手塚作品に出てくるような、街中にロボットが溢れ、真空管チューブで大陸を行き来出来るような、「レトロヒューチャー」な世界観が描きたかったんです。
そしてもう一つ、「ジュブナイル」をテーマに描きたかったんです。今正統派のSFやジュブナイルって流行っていないんです。その流れに対抗して、オーソドックスな手触りとして、「宇宙」がテーマの一つなのは、わざと意識して描いていました。
だからラストで主人公が宇宙に行くのはまさにそうなんですけど、普通にSFとして考えたら、ロケットに乗って太陽系外に行くというのは、今の人類の科学力だと有り得ないなと感じるじゃないですか。それこそ地球外知的生命体とコンタクトを取るために、人間そのものがでかいロケットに乗って、光速の何%出して、そこまで行くというのは、「古いSF感」になるんですよね。だからこそ「よあけ」のラストは、わざと古臭いことをやっています。
作品の舞台にした阿佐ヶ谷住宅という団地も、実は取り壊しが決まっているんですよ。2038年には絶対に残っていないんですけど、ロボットや真空管チューブと同じ水準で、ワクワクする未来の嘘としてわざと描いていました。

(Tさんの質問)「よあけ」に出てくる人工衛星が「SH3」という名前でしたが、あれってCPUの製品名じゃないですか。実は「はやぶさ」に乗っていたもので、はやぶさは3台による3つ子システムでできています。「二月の黎明号」もコアは3つなのですが……

今井それ、全部たまたまなんです。

(一同)ええええっ!?

今井僕も連載始まった後に知りました。SH3っていう名前も、SOHOっていうカメラが搭載されている人工衛星をモデルにしてそれっぽい名前をフィーリングで付けたんですけど……SH3も、1からシリーズがあって、携帯電話とかドリームキャストにも積まれているんですけど、それが実ははやぶさにも積まれているらしい、というのは後から知りました。

それは、作品が何かをもってたとしか言えないですね(笑)