「アルセーヌ・ルパン」との出会い

ここで一旦、時計の針を大きく戻したいと思います。そもそも、『ルパンシリーズ』との出会いはいつ頃でしょうか?

森田小学校に当時、児童向けのホームズや怪盗二十面相の全集が図書室に並べてあったんです。僕は本好きの子供だったので、それこそ幼稚園にいた頃から『十五少年漂流記』とか『海底2万マイル』とか、あのあたりの子供用の小説をすごく読んでいたんですよね。

その中にポプラ社が出している児童向けの『怪盗ルパン全集』というのがありまして、これがすごく面白かったんです。とにかく大逆転につぐ大逆転の物語が面白くて、最後に「わたしがそう、ルパンだ!」と正体を明かすカタルシスのすごさに惹かれました。それとポプラ社版のルパンは、南洋一郎という方が翻案したんですけど、ルパンが完全無欠のヒーローなんですよ。泥棒という悪いことをしていても、これは僕の信念があってやっている、自分が悪いことをしていると分かってやっている、というすごく立派な男なんです。

そんな感じで小学校時代にはポプラ社版をほとんど読み尽くしたんですけど、高校時代に完訳の全集がハードカバーで出たんです。それを読んでみてまず思ったのは、意外にルパンが馬鹿だということです(笑) とにかく人間が出来ていない! 自分の欲望に忠実だし、ライバルの男に対しても敵対心むき出しですし、昔読んだ大人の余裕のある「怪盗紳士」のイメージはまるでなくて。だけど高校生にもなると、人間の幅を楽しめるようになってくる頃じゃないですか。そうすると子供向けの完全無欠のルパンよりも、この天才なんだけど馬鹿、っていうルパン像が段々愛らしく感じるようになってしまって。

高校のときは、既に漫画を描くのも好きだったので、第一話の「ルパン逮捕される」は高校時代にネームを切ったこともあるんです。全員のキャラデザインをしたりだとか、その頃からずっといつか漫画で描いてみたいという思いがありました。

高校時代から構想を練っていたとは驚きです! 『イブニング』で連載を始める際には、先生自らが企画を出したのでしょうか?

森田『アバンチュリエ』をやる前に、『ジキルとハイドと裁判員』という作品をスペリオールでやっていたんですけど、これが終わったあとに縁あって講談社のパーティーに行った際、イブニングの編集さんから熱心に声をかけていただきました。

その頃は、次の連載を模索しながら企画をあちこちに持ち込んでいた時期でした。イブニングの編集さんはすごく熱心に付いてくださって、いくつか連載案を見せていたんですけど、その中の一つだった「アルセーヌ・ルパン」に食いついてもらえたというのがきっかけです。イブニングに狙い撃ちで持ち込んだわけではなく、わりといつでもどこでもルパンの企画は持ち込んでいました(笑) その中で反応してくださり、タイミングがあったのがイブニングさんだったわけです。ルパンに関しては、ある意味いつもダメ元で持っていっていたので、「反応してくれるところがあるんだ」と驚きましたね。

では、特に「今だからこそ」ルパンを漫画で描きたいというよりも、常に胸に秘めていた企画だったのですね。

森田そうですね。ただ連載が決まった後から、何で泥棒という悪いヤツなのに、自分はルパンが好きなのかということに向き合わなければいけないと思って、すごく考えたんですよ。結局思い至ったのは、自分の責任で、リスクも踏まえたうえで己を貫けるところが魅力なんだろうなということです。僕は自分が理不尽だと思う決まりごととか慣習がすごく嫌いなところがあって、その人は正義だと思っていながら、やっていることは滑稽なんじゃないかと感じるときが結構あるんです。それを、性格が悪いですけど、笑い物にするのがルパンなんですよね。それに気持ち良さを感じてしまうところに僕の性格の悪さが現れているんですけど(笑)

それと、ルパン譚は「古くて新しい」ものだと思っています。僕は「物語」が好きなんですけど、どちらかというと最近の漫画って、キャラクターを中心に短いスパンで見せていくものが多く、話を大きく構成しづらいと思うんです。だからこそ自分が思う「物語」の面白さを、ルパンという作品の力を借りて示したいという気持ちがあります。たとえば『金髪夫人編』は、4巻と5巻の2冊でコンパクトに組まれた、きちんと起承転結のある話を見せたいと思っていました。この辺の面白さは「古くて新しく」もあるし、今なら漫画でも受け入れられるんじゃないかと。

とにかくこの当時の大衆小説が僕は好きなんです。僕はどのジャンルであっても、古典になるにつれて、総合性が高くなると思っています。アニメならガンダムとかもそうだと思うんですよね。SFとしても、歴史ものとしても青春ものとしても楽しく観ることができる。それが、時代が進むごとにジャンルが細分化されていくんですよ。ミステリーならミステリー、SFならSFという具合に。自分は、それ以前の古典作品が持つ総合性の高さという面白さを、今に蘇らせて提示したいとも思っています。