名門女子大で広がる百合の世界のノンケ女帝、妖魔の呪いで男の娘化が進む幼馴染のBL街道を阻む清純派ヒロイン。エッジの効いたテーマを、お色気・ギャグのテイストを漏らさず表現し切る漫画力。今回は20年近い漫画家歴をお持ちの、瀬口たかひろ先生がインタビュー応じてくれました!全男子が読み、憧れ、嫉妬し、悶えた名作『オヤマ!菊之助』の制作裏から現在の制作スタイルまで、余すところなく聞かせていただきました!


イラストや漫画を描き始めたのはいつ頃ですか?

瀬口たかひろ先生(以下瀬口)鉛筆での落書きを始めたのは中学校3年生位の時です。実はもともと絵や漫画にまったく興味がない人間だったので、落書きとは言え、絵を描き始めたこと自体がボクにとっては画期的な変化でした。と言っても、イラストなんていえる代物じゃない、落書きレベルです。ノートの隅っこに右向きの女の子の顔ばっかり描いていました。ペンを使ってちゃんとマンガを描いたのは高1になってからです。

本格的に商業漫画家を目指そうと思われたのはいつですか?

瀬口地元で2つ年上の女の子が18歳でデビューしたのを見て、自分もそうなってみたいなと思ったのがきっかけです。まだ1、2本しかマンガを描いたことがない、どころかペンを使い始めて1年も経っていないのに、プロになろうだなんて思い上がりも甚だしかったですね(笑)

大学生時代にはどんな活動をしていましたか。

瀬口大学では漫画研究会に所属していました。活動はゆるくて、年に2回部誌を作り、それに合わせて作品を描くくらい。あとは、漫研の有志で3分くらいのアニメを作ったことがあります。今思えばものすごくチャチな出来の作品でしたが、知識も何もなかった中、結構頑張って作ったんじゃないかと思います(笑)

デビュー前に投稿や持ち込みはしていましたか?

瀬口大学1年生の時に週刊チャンピオンに初めて投稿しました。サッカー漫画なのに試合のシーンが全然なく、それが斬新だって褒められて担当さんがつきました。
それ以降は美少女を主人公にした作品をチャンピオンに送り続けました。チャンピオンならそういうポジションに空きがあると思っていたんですけど、当時はそんなポジション自体が求められてなかったという……そこに気づくのに時間がかかりました(笑)

瀬口先生の商業デビューは「まついもとき」名義での成年向け漫画でした。商業デビューに至ったきっかけはなんでしたか?

瀬口方向性を間違えたままチャンピオンに作品を出し続けていた時、初めてコミケにサークル参加しました。ボクは「創作(少年)」ジャンルで参加していたんですけど、その時近くにあった「男性向」のジャンルにすごく人混みができているのを見てショックを受けました。
エロってそんなに需要があるのか、と。
その時は体調を悪くしてアシスタントを辞めることになった時期で、マンガ家を目指すことに自信をなくしていました。それで田舎に戻ることになったので、地元の大学の友達を巻き込んで、エロ同人でも描きながら楽しく暮らそうかと考えました。
描き始めた時は、描くプロセスを楽しめればいいと思っていて世に出す気はまったくなかったのですが、いざ出来上がったらそのままにしておくのが惜しくなって……
初めて描いたエロマンガの原稿を持って何社かに持ち込みに行ったら、司書房とコアマガジンで描かせてもらえることになった……という流れです。

その後、少年チャンピオンで一般向けに再デビューを果たしますが、どういったキッカケがあったのでしょうか。

瀬口成年漫画を描きながらチャンピオンにもネームを送っていて、『オヤマ! 菊之助』を集中連載させてもらえることになったんです。やはり、成年漫画でそこそこ実績を作ったからだと思っています。担当さんに聞いた訳ではないので勘違いかもしれませんが、それまで描いても描いてもダメだったのが、スルッと企画が通ったので……単にエロ要素を入れたからっていうだけの理由な気もしますが(笑)