少年画報社「ヤングキングアワーズ」よりデビュー、『惑星のさみだれ』、『スピリットサークル』等の作者水上悟志先生インタビュー!日常と非日常、シリアスとコメディ、リアルとファンタジーの境界を軽々と飛び越えていく、作品制作を支える原動力のルーツを探りました!

1章:漫画家「水上悟志」を作った作品と経験
2章:すべては物語に入りこんでもらうために……水上先生の創作術
3章:日常・死・成長。「真っ当」な少年漫画を描き続ける理由とは
4章:アワーズにて連載中!『スピリットサークル』


漫画家「水上悟志」を作った作品と経験

プロの漫画家になろうと思ったのはいつ頃ですか?

水上悟志先生(以下水上)小学2年生の頃から「俺は漫画家になるんだ」と思っていました。その頃は「少年ジャンプ」に『ドラゴンボール』や『聖闘士星矢』といった作品が連載されており、とても漫画が盛り上がっていた時期で周りにも漫画家になりたいと言っている同級生はたくさんいました。それで、人並みに漫画家になりたいと思うようになったうちの1人が自分です。

実際に漫画を描きはじめたのはいつ頃ですか?

水上中学生の頃は、大学ノートにシャーペンで思いつくまま適当にストーリー漫画を描いていました。それを20~30冊ぐらい描いていましたね。終わりも決めずに描いていたから、ただダラダラと長く続いていただけの漫画でした。

その作品を周りの友達に見せたりなどはしていましたか?

水上見せたり見せなかったりしていたけど、そんなに歓迎はされていなかったと思います。
小学校の頃は皆漫画家に憧れていたけど、中学高校になってくるとそういう人は周りに誰もいなくなりました。要は自分だけ大人になりそこねちゃったんです(笑) だから自分も、周りに「俺漫画家になりたい!」とは言っていたけど、皆「ふーん」って聞き流しているだけで仲間がいたという感じではなかったです。

それでも水上先生が漫画家を目指し続けられたのはなぜなのでしょうか?

水上とにかく二次元の中に入りたかった(笑) ずっと漫画を描いて、漫画だけの生活をやり続ければそういう感じの気持ちになれるんじゃないかなと。それでずっと一生懸命頑張ってきたんだけど、いまだに中々入れないんですよね。漫画以外に考えなきゃいけないことが沢山ありすぎて……

その願望を叶えるのは難しいですね……それでは、その学生時代に好きだった作品はどういったものがありましたか?

水上まず小学生の頃に『魔神英雄伝ワタル』というアニメにハマり、今でもすごく影響を受けています。「ワタル」は、7階層ある山の一つ一つの階層を冒険しながら、最後にボスを倒して登っていくという話だったんですが、自分はその頃に物語といったら、ジャンプの漫画しか知らなかったので「なにか話が終わるときは打ち切り以外ない」と思っていたんです。そんな大冒険を7回も繰り返すなんて無茶だろ、途中で終わるだろと思いながら観ていたんですが、最終的にちゃんと最後の階層まで行って、ラスボスにも仲間4人で力を合わせて勝つ、という展開にものすごく熱くなったんです。
しかもラスボスを倒したあと、1話まるまるエピローグとしてとってあることにもすごく感動しました。「ワタル」を観て、俺が漫画家になったときはラスボスも順繰りにやっつけて、エンディングもたっぷり時間をかけてしっかりとやり、完膚なきまでに終わらせる!と決心しました。その影響が1番強く出たのが、『惑星のさみだれ(以下さみだれ)』のラストですね。

他にはどういった作品がお好きでしたか?

水上漫画でいうと椎名高志先生が描いていた『GS美神 極楽大作戦!!』ですね。横島という主人公が、はじめはすごく弱いところから、物語を通してだんだんと強くなるという展開に燃えていたのが、今の作品作りに活きているのかもしれません。
それと『スレイヤーズ』などが出始めた最初期の頃のライトノベルはいろいろと読んでいました。そういった作品は、ほとんどが「一人称」なことがすごく読みやすいなと感じていました。一人称だと、それこそ物語の中に「ちゃんと入っていける」ような気がしたんです。「二次元の中に入りこみたい」という気持ちを上手く漫画で具現化するためには、とにかく一人称的に描いていき、生活に根ざした描写を重ねることでその世界の「空気感」を感じられるようにしなければと思いました。
そういう話を描きたいなと以前から思っていて、「さみだれ」ではラノベっぽくやろうと夕日君の一人称で描くことを強く意識しながら当時は描いていましたね。

以前サイトに上げられていた先生のファンアートを拝見すると、「エヴァ」以降のガイナックス作品がお好きだったように思われるのですが、いかがでしょうか。

水上ガイナックス作品のなかで一番好きで、なおかつ影響を受けたのは『フリクリ』ですね。榎戸洋司さんの脚本と鶴巻監督の作品作りがすごく好きなんです。

先生が考える『フリクリ』の魅力とはなんですか?

水上6話で全体の話がまとまっているのと、1話1話の満足感がすごいなと感じていました。とくに3話が1話完結の話としてすごくよくできているので1度、何分後にこのシーンがあって、起承転結の起から承まで何分かかる、というところまで計算しながら研究をしたことがあります。どのタイミングで観ている人が作品のなかに入りこめるかがすごく計算されて作られているので、アニメの中で経っている時間は数分なのに観ている方は2~3日そこにいるかのような錯覚を起こさせるんです。場面の切り替え方、時間経過の仕方で、すごく上手い時間の使い方をしていると感じていました。

『戦国妖狐』の「闇(かたわら)」であったり、読み切りシリーズの「お隣さん」などから、先生の作品で描く妖怪は「人間の隣にいる存在」といったような、共通する妖怪観が一貫して流れているように感じられるのですが、そのような考えに至ったのはどのようなきっかけがあったのでしょうか。

水上自分は小さい頃、吠えられるのが怖くて犬が嫌いだったんです。ところがあるとき、商店街で犬を連れて歩いている人を遠くから観察していたら、犬は誰彼構わず吠えかかる訳ではないというのに気付いたんです。自分が街を歩いているときに、ほかの人が歩いているのを気にしないのと同じように、自分を含めた通行人は、犬にとっても背景みたいなものなんだと感じました。それなら自分も、あの犬という生き物を通行人のようなものだと思ってもいいんだと。
その経験が、妖怪の描き方と繋がっているのかもしれません。「もし妖怪が存在するのならいろんな妖怪がいるだろう、無害な妖怪もそこらへんに山ほどいるだろう」と考えるようになったのは、そうやって犬を人間扱いすることで、人間とは別の生き物を怖がらなくなったのがきっかけだと思います。

そのような作品や経験が、今の水上先生の作品作りの元となっているのですね。それでは、漫画家としてデビューするまでにどれくらいの作品を描いたのでしょうか?

水上大学受験の前に1本、受験が終わったあとにたしか1~2本。大学に入ってからは3本くらい描いた記憶があります。その間もネームは沢山描いていました。
そのあと専門学校に入り直してから、課題で16P以上のものを1本描けと言われたので描いて投稿したら、それがすぐデビュー作になっちゃったという感じです(笑) 課題でちゃんと1本作品を描かせるところはあまりないらしいので、今にしてみるといい学校に入ったなと思います。

その後、連載デビューに至るまではどのような経緯なのでしょうか。

水上自分はデビュー作が載ってから、毎月オムニバス連載みたいな形で読み切りが載り続けてしまったんです。というのも、自分がデビューした頃の『ヤングキングアワーズ』は何人かの先生が頻繁に休載されていたので(笑)、ちょうど自分の描く短編が全て代原として載ったんです 。それからそのまま読み切り掲載が途切れることなく、普通の連載もやってみないかと声をかけられ、専門学校在学中に連載デビューが決まりました。デビューするためには、そういったタイミングに左右されるところも大きいので、自分はデビューには運が1番大事だと考えていますね。