変化球?王道?「しょんぼりクラブ」の作り方

ここからは、作品作りについても詳しくお聞きしていきます。まず、ネームはどのように切っているのでしょうか?

アサダ家では集中できないので、ネーム期間は一日中喫茶店をはしごしながら、今月はどこまでやろうかというのをアイディア書きとして書き出していきます。 それから「これは次に回そう、ここはもうちょっと膨らませられるかな」というのを調整して、ざっと流れを箇条書きにします。そのあと、その月のページ数に合わせて、シーンごとにページの割り振りを決めていきます。

先にページ数を決めておくのは、その方がお話が破綻しにくいのでしょうか。

アサダどうしても自分が描きたいところで盛り上がりすぎて、バランスが悪くなりそうな怖さが常にありまして、よりバランスに気をつけるためにまずはページ数を決めています。同人誌でやっていたときも、ある程度のページ数ごとに空白のページを挟んだりして細かく章立てするという作り方をしていたので、その流れで現在も描いているところはあると思います。

その後はどのような流れになるのでしょうか?

アサダ割り振りに合わせて、同じアイディアノートにセリフを最後まで全部書き出していきます。ページ数を印に付けながら、大体それで箇条書きのページ数と照 らし合わせて、予定では4ページで終わるはずだったのに、6ページになってしまった場合は、全体を見て後で調整するか削ってやり直すか、細かく10ページごとに見直しながら進めていきます。そこまでいけば、紙にコマ割しながらネームを描き出していきます。お話を考えているときが、一番楽しいです!

楽しいとなると、一番時間をかけているのもネーム作業なんでしょうか?

アサダそれはちょっと別の話になりますね。ネームに時間をかけすぎると、逆に散漫になってしまうところがありまして……ある程度時間を区切って、この期間までにネームを出すと決めた方が、頭がその作業に慣れつつあるので、アイディアがひねり出しやすくなります。時間があると、やりたいことばかりが膨らんだ結果、一番描きたいものがぼやけてしまいがちです。時間をかければいいものができるってわけではないんだと感じるようになりましたね。

締切があるからこそ、漫画家さんはアイディアを出すことができるのですね。

お話作りといえば、コメディシーンが毎回秀逸だと思っています!

アサダ一番影響を受けているのは、三谷幸喜さんの脚本作品かもしれません。作品の舞台が完結していて、細かいセリフにツッコミがちょこちょこ入ってくるところと か。いちいちセリフ回しが面白いんです、「俺足引っ張ってる?」「ぐいぐい」とか(笑) わっと笑わせるわけではないけどニヤニヤしながら観ていられる感じです。
「王様のレストラン」という作品が、自分の中ではあらゆるジャンルの中でベスト・オブ・ベストなんです。あれが群像劇に憧れるようになったそもそもの始まりだったと思います。

また先生の作品では眼鏡のギャグキャラが多数登場していますが、彼らは使いやすいのでしょうか?

アサダあの辺の眼鏡キャラが、作中では一番しょんぼりですよね(笑) あの辺りが一番自分に近いというか、一番楽しく描けるキャラです。あと眼鏡っていう のは、インテリアイテムじゃないですか。それをあえてダメなキャラにかけさせることで、ギャップを出せたらなと思っています。別に眼鏡の人に恨みがあるわけではないので(笑) あと眼鏡キャラは目の中を描かないでいいので、ギャグのシーンで使い勝手がいいというのはありますね。

ストーリー的にいうと『しょんぼり』は少女漫画というジャンルに捕らわれない、自由な展開が面白いです。例えば2巻のにまとカナのエピソードは、まさに少年漫画の王道パターン「喧嘩したらマブダチ」じゃないかと思い、読んでいてアツい気持ちになりました!

アサダずっと憧れだったんです、「川原での殴り合い」が! 青春もので友情といったら、川原で殴り合いだろうという夢が、ずっと自分の頭の中にモヤモヤとあ りました(笑) そのエピソードも、最初は口で言い合って和解するだけだったんです。ただそれだとシーンとして弱いというか、相手がややこしい問題を抱えている女の子だったので、これじゃ読者さんが納得してくれないんじゃないかと思いまして……じゃあ、今こそあれをやるか!と……(笑) あそこは夢が詰 まっている2ページになっています。

ちなみに、少女漫画を意識して作品を描かれていますか?

アサダないですね……後ろに点描トーンを貼っているときに、「あっ、今すごく少女漫画っぽい!」と思うぐらいです。

読み切りのときには少女漫画っぽくということを意識して描かれているとおっしゃっていましたが、今では意識が変わったのでしょうか?

アサダ描いているものは、少女漫画以外の何物でもないとは思っているので、最終的に少女漫画という形にはなります。ただ少女漫画のイメージというよりは、自分の描きたいものを描かせていただいているので、「自分の漫画が少女漫画かどうか?」というのは考えずに描くようになりました。

先生の作品では、ただ悪いだけの人が出てこないというか、悪そうにみえた人でものちにフォローする回があったりします。そのあたりに、先生の優しさが表れているように感じるのですが。

アサダそれも、三谷幸喜さんに影響を受けた部分ですね。全員、そんなにいい人というか、わりとどこかどうしようもない人達が集まっているのに、最終的に前向きに終わるところが大好きなんです。ダメな人はダメなままで成長しないのが、かえって結果的に誰かの助けになったりするような展開も素晴らしいと思っていま す。
それに学園ものですから、そんな悪に染まりきった人が出てきてもと……(笑) 相性の良し悪しがあって憎まれ役になった子も、どこか1コマでもフォローできたらなと思って描いています。

そして何より、青年心理研究会のみんながお互いのことを温かく見守っている感じが、たまらなく愛らしいです!

アサダ上手くいかない人ほど、目が離せないというのはありますよね(笑) 高校生くらいのときって、いっそのことうっとうしいくらいに協力し合ったりするじゃないですか。それこそ、クラスまでみんなで団子になってついていってあげたりとか。
そういった、学生の頃の楽しかった気持ちを懐かしんだり思い出したりしながら、『しょんぼり』という作品を描いています。