まんがタイムきららキャラットにて4コマ作品を掲載、またアニメ情報番組「AG学園あに☆ぶん」のキャラクターデザインを担当されるなど、漫画家・イラストレーターとしてご活躍中のなぐも。先生。今月27日に、最新作『ウォーターガールズ』の完結巻となる2巻が発売された。まさに2巻の単行本作業が終わった直後のなぐも。先生に直撃し、『ウォーターガールズ』、そして先生自身の「絵描き人生」を、改めて振り返って頂きました!


漫画家は、1番最初に諦めた道だった!?

中高生の頃は、漫画を描いてはいましたか?

なぐも。先生(以下なぐも。)柔道部に入ったのですが、あまりに荒れた部活だったので、ずっと図書館に入り浸っていました。その頃の中学2年の夏、となり町の文房具店で買った漫画制作セットで、初めてつけペンと原稿用紙で描いた漫画をせっかくだから……と、先生に頼んで職員室のコピー機で1部コピーしてもらったんです。それを図書館の司書さんに「これ、1部置いてください」と頼んで渡したんです(笑) それで、中学校にはじめて同人誌が1冊置かれるという。

中学の頃から同人活動をされていたとは驚きです!

なぐも。『南国少年パプワくん』のパロディ本だったんですが、その頃は「同人誌」という存在をまったく知らずに描いていました。それから1年くらい経つと、学生の誰かが描いてきたのか似たような本が図書館に何冊かあって、いつの間にか小さな同人誌のコーナーができていたんです。

中学校に人知れず同人の輪が(笑) それでは、きちんとした同人活動を知ったのはいつ頃ですか?

なぐも。同人というものをはじめて知ったのは高校2年生のときです。友達に、地元群馬の同人誌即売会に連れていってもらいました。「こんなに活気がある世界があったとは……!」と驚きましたね。初のサークル参加は、高校3年のときです。当時はラミカードがかなり流行っていたので、最初の頃はラミカードばかり作っていました。

高校からの進学先として、アニメーション学科のある専門学校に進まれたとか。進路を決断したきっかけはあったのでしょうか。

なぐも。高校3年のとき、まず「絵で食っていきたい」ということだけは決めていたんです。次に、絵で食っていくためにはどういう方向が良いのか考えました。「とりあえず絵は描ける。そして、絵を描くのは楽しい」。ところが話を考えることが全く出来なかったので、当時真っ先に選択肢から外したのが、実は漫画家なんです(笑)
イラストレーターは、ちょっとハードルが高いかなと。当時イラストレーターと言われ自分が思いつく方を挙げると、いのまたむつみさんや天野喜孝さん辺り……今ほど身近で、専門職として目指せる様な土壌はありませんでした。それで、アニメーターならとりあえず絵だけ描いていれば食っていけるんだろうと、完全に後ろ向きな消去法でアニメーターを目指すことにしたんです。アニメーターの人が聞いたら「ナメんじゃねーぞ」ってぶっ飛ばされそうな話ですけど(笑) 今思うとほんと失礼な話ですよね……

漫画家の道を1番最初に外したとは驚きです。ちなみに専門学校での学生生活は、現在の仕事に役立っているのでしょうか?

なぐも。専門学校での2年勉強した事が、スタジオではほんの数週間で……ただ学校には感謝しているのでフォローしておくと、こういう事ってどんな職業・会社でも同じかなーって。大学頑張って通ったからって、会社入ってすぐテキパキ仕事こなせる訳じゃありませんしね。
それとは別に、同じ道を目指している人が沢山いるので、将来に渡って同じ業界で切磋琢磨出来る友人が出来るというのは、嬉しくもあり心強くもありますよ。あと、アニメーターに関してしか知識経験がないので別学科はさっぱりですが、専門学校はアニメスタジオとのコネクションはあるので、単身で乗り込むよりは比較的途方にくれる事は少ないかな?と思います。

その後は、アニメーターからグラフィッカーなど、様々な職種を経験されたようなのですが。

なぐも。学校を出てからスタジオに入ったのですが、動画までで1年半で辞めてしまいました。そのあとはプーだったり、成年向けゲームの会社でグラフィッカーになったりしたのですが、24歳のとき両親に「いい加減にしろ」と怒られ、田舎に連れ戻されてしまいました……
帰ってからは、大手飲料会社工場で烏龍茶やコーヒーを作ったり、一般の印刷会社でスーツ着て営業マンやったり、普通にサラリーマン生活をしていたのですが、2年くらい経ってから、どうしても絵を趣味だけに留めなければいけない人生に我慢ならなくて、もう一度絵の世界に戻ることにしたんです。

戻ってきたとき、初めて受けた仕事はなんだったのでしょうか。

なぐも。1番最初は、同人イベントのチラシと『ラグラロク・オンライン』のアンソロジーの表紙を同時に頂きました。専門の頃からずっと続けていた同人活動を、イベント主催者さんとアンソロジーの編集プロダクションの方がずっと見てくれていたんです。
この2件をきっかけに継続的にアンソロジー仕事を頂けるようになり、それを見た別出版社の編集さんらがアンソロジーや書籍の挿絵、雑誌の一企画を担当されている方からイラスト仕事などを頂け、またそれを見た別出版社さんが…と、連鎖していきました。その過程で読んだ天野こずえさんの『ARIA』に衝撃的な感銘を受け、ここでようやく「漫画で食ってく。」と方向性を定めたところに、『まんがタイムきららキャラット』から連載の声がかかった……というのが現在までの経緯です。

同人・アンソロジーの執筆活動を継続して続けられていたことが、本格的な復帰をスムーズにしたのですね。

なぐも。振り返って見てみると、昔のことが全部繋がっているというか、全て伏線になっていたんですよ。声を掛けて頂いた方は、「え、あれを読んでくれてたの!?」ということが本当に多くて。たまに駆け出しの絵描きさんの中で、アンソロジーを仕事のキャリアとして軽く見てる方などがいたんですが「いやいや、どこで何が繋がるかわかんないよ」、と。

アンソロのお仕事も侮れないと。とにかく、「絵の仕事に就く」という夢が、改めて叶った訳ですね。

なぐも。「夢が叶ったね」というセリフ、この世界に足突っ込んでない方からよく言われるんですけど、こんなこと夢になんて設定してないんです。自分にとって絵を描いている生活が当たり前というか、「絵を描いて食い続ける」という、自分で立てた目標をただこなしているだけで、絵を描いている生活が夢というほど高い位置にないんですよね。それに、絵を描く以外に道がなかっただけなんです。サラリーマンは実際にやりましたけど、当時は生きた心地がしなかった(笑)
僕は好きなことをやっているだけなので、すべては上手いこと声を掛けてもらえる、周りにいる人達のおかげなんです。実際「運が良かっただけ」というのが本音ですね。


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