「自分の漫画の最大のファンは自分なんですよ」

フラッパーで連載中に、ヤングキングアワーズで『それ町』の連載を始めたいきさつを教えてください。

石黒僕は原作付きの作品をフラッパーで連載していたのですが、やはりストーリーも自分で考えた漫画が描きたくて、連載をこなしながら読み切り『泰造のヘルメット』(短篇集『Present for me』収録)を描いて少年画報社に持ち込んだんですよ。その時対応してくれたのが『それ町』の初代担当Iさんなんですが、読むなり「ちょっと編集長に見せてくる」と編集部へ駆け上がっていった程好評でして。
普通は持ち込みにそんな対応しないんですよ。
そこから画報社で連載するためのネームを切るようになったのですが、やはり連載となるとまた勝手が違ってくるんですね。それ町の原型は「単なる喫茶店バイトの探偵好きな女子高生が日常の謎を解く」という地味な話だったんですが、Iさんいわく「もっとキャッチーな要素が無いと連載会議を通らない。そうだコスプレ喫茶にして毎回の話になぞらえたコスチュームになる漫画にしよう!」と。それはさすがに描きたい方向性と違いすぎる、それ以前に毎回毎回コスチュームを作る時間に物理的な問題があるんじゃないか?と色々混乱した結果、一旦その案は持ち帰り検討させて頂きますという事にして。家で考えあぐねた末、譲歩案としてメイド喫茶ならなんとか……。ただしウチのメイド喫茶は商店街の路地裏にあるけど!というネームを提出しまして。それがそれ町の原型となりました。

そこから連載が始まるわけですね!

石黒いや、そこからがまた長かった(笑)。仕事だから当たり前なんですが、編集の方がガンガン突っ込んでくるんですよ。近所に探偵が住んでいるのはどうだろう、とか。でも普通その辺に探偵なんて住んでないじゃないですか。その代わりに数学教師を主人公と敵対するような存在にしたりすることで、なんとか探偵漫画らしい雰囲気を出せないかなあ、というようなやりとりをしていました。
僕は結構編集者の意図を汲み取って消化して描いているつもりなんですけど、駆け出し時代の編集者はみんな「石黒くんは言うことを聞かないね」って言うんですよ(笑)。でも、編集者の言ったとおりに描いたものを出しても面白いものにはならないというのはお互いにわかってるんですよ。編集者の立場上言わんとしている事を自分の中で消化して、要望をクリアした上で更に面白いものを出さないと向こうも納得しない。それをした結果が「言う事を聞かない」みたいに見えるだけで(笑)。
どんなに要望を飲もうとも最終的に「自分が読みたい漫画を描く」という事だけは曲げないようにしています。

『それ町』の連載を始めてからの苦労というのはありますか?

石黒連載を始めるにあたって最初に思い描いていた、日常漫画だけど謎解きしたり宇宙人が出てきたりして、主人公が死ぬというプランは2巻までに大体やってしまったんですよ。当初『それ町』はそんなに長く続けるつもりではなかったのですが、ありがたい事にそこそこ良い反応が返ってきたので、『それ町』の連載をする中で形成されていった設定を活かして、ただ卓球をさせるだけの話や歩鳥の弟の話を、元からあった最終話までの道程の間を埋める形で好きなように描いてみたら、思っていたより反応が良くて。ただ、そこで壁にぶつかったんです。

それはどのような事だったのでしょうか?

石黒ちょうど5巻収録の話を描いている頃に、読み切りを描いていた時には感じなかった読者の視線というのを意識するようになりまして、自分の漫画を見て「どこが面白いんだろう」とか「何を描けば面白くなるんだろう」というの考えるようになりました。それで5巻の単行本作業をする時に自分で面白いと思える話が一つも無くて「それ町は次の巻で終わりだな」ということすら頭に浮かぶようになっていました。けれど、いざ5巻が出ると好評で、「ああ、それ町ってこういう漫画なのか」と気付かされたというか、要は自分が面白いと思った衝動を信じて一生懸命描けばそれでいいんだな、ということを読者さんから教わりました。
ネームを描く時って、自分がその時に「面白いんじゃないかなあ」を考えたことを形にしていくのですが、描いているうちにだんだん自信がなくなっていくんですよ。なにしろ自分で考えた「面白いかもしれない」ものと一ヶ月も向き合うことになるわけなので、何度も見ているうちに何が面白いのか分からなくなってくるんですね。
自分の中にものすごく冷淡な目で作品を見ているもうひとりの自分がいて、いつもそいつが「つまんねえ」って言うんですよ。そいつと反対に自分の漫画の最大のファンである自分もいて、寝る前に何度も読み返すんです。自分で自分の漫画を(笑)。「この話、よく出来てるなあ。どうやって組み立てたんだ?」と自分で思ったりもします(笑)。
漫画家にとって5巻というのは実は結構な鬼門じゃないかなあ、と思います。逆に5巻を超えると10巻まで行くのでは、と。女の子と3ヶ月付き合ったら3年続くみたいな(笑)。

『それ町』は2015年で10週年を迎えるわけですが……。

石黒あ、そうなんですか。

デビューからは15周年になりますね。

石黒……そうなの!?そうですね、2000年にデビューしたから……15年!?マジかー……(笑)。7年くらい続けている感覚はありますが、10年15年という感覚は全然無いですね……。時計のない部屋に僕を放置して10年経ったところでハイ何年経ったでしょう、と聞かれたら「7年!」って答えるでしょうね(笑)。

作品としても漫画家としても節目の年を迎えたわけですが、気持ち的にも技術的にも変化したと思うことはありますか?

石黒僕はあまり変わってないとは思っているのですが、ただずーっと不安なんですよ。この仕事は。学生の頃にデビューしてそのまま漫画ばっかり描いてきたせいで、学生の延長みたいな感覚で過ごしていたらもう三十代後半になってしまって。15年経っても未だに「頭で考えたものでお金を稼ぐ」という感覚に慣れなくて。いくら自分にこれはれっきとした仕事なんだと言い聞かせても、まだ人生本番じゃないんじゃないか、いつか就職しないといけないんじゃないか、という不安感が常にある。アシスタントに手伝って頂いてる時でも自分の遊びに付き合わせているという感じがして、なぜだか申し訳ない気持ちになってくるんです。
僕もずっと漫画を描いていたいと思うし、きっとそうして暮らしていくと思うのですが、いつまで経っても漫画家を職業だと思えないんですよ。大学生の頃に感じていた楽しさと不安がないまぜになった感じがずっと続いています。