2章:連載って生き物だから

ネームの切り方はどのようにしていますか?

小川最初に文章だけでプロットを書いて、それができてからやっとイメージボードを描くか、そのままネームに入ったりもします。プロットができるのにだいぶ時間がかかっても、ネームは一晩で終わったりしますね。新人時代の話だと読み切り32ページを描くのに2週間かけてプロットを考えて2日くらいでネームを終わらせていました。

コマ割りについてどのような考えをお持ちですか?

小川新人の頃は日常漫画で32ページを描いていたのでせせこましい、淡々とした感じだったのですが、『飛空士』を描くにあたって大ゴマを使わなきゃいけないなということを考えたんです。そこで初めて市原さんに「見開きを描いたことないんですけど、どうすればいいんですかね」という相談をして、意識して大ゴマを使うようになりました。

漫画のテンポを出す方法についてお聞かせ下さい。

小川『飛空士』の頃に知り合いの作家の方に「君は漫画を32ページ全体で考えているでしょ?」と言われたのですが、見直してみると確かにそうかもしれない、と思いました。どういうことかというと、次のページに重要な、大きなコマが来る場合、その前のページは静かなネームにして「溜め」を作る、という調整をすることですね。あまり自分で意識したことはないんですけれど。実は小さい頃から高校の頃まで書道をやっていたのですが、その影響があるかもしれません。書道には文字に独特のリズムがあって、そこから生まれるメリハリが好きなんですよ。メリハリというのはコマ割りに通じるところがあったりして、例えば私は1ページ内におけるコマの重要度を数字に置き換えて考えたりしています。このコマは重要度30だから、隣は5でいいだろうとか、重要度20のコマは隣のコマと10以上空けるとか、システマティックな描き方は意識しています。また、投稿から新人時代に「王道の少年漫画は自分には向かないな」ということを思っていたんですね。だから、『ぼっち侵略』の一、二話では盛り上げたんですけれど、三話目でテンションを少し落として自分のテンポを守るようにしました。でも戦闘シーンを描くのも好きなので、戦うところはちゃんと戦わせます。盛り上げるところは盛り上げないと自分がつまらないですからね。

先生の漫画には大人があまり登場しませんが、その部分にこだわりはあるのでしょうか?

小川たぶん無意識だと思います。大人を描くのが苦手なんじゃないですかね。絵柄もそうなんですけれど、十代の子供のほうが描きやすいですからね。『ひとりぼっちの地球侵略』(以下『ぼっち侵略』)のキャラクター案を出した時も岬一と凪の両親の顔を考えていませんでした。ポケモンの話に戻りますが、ああいうゲームって両親が表に出てこないじゃないですか。そういうところに影響は受けているのかもしれません。

先生のSF的な発想はどこから生まれるのでしょうか?

小川SF的なシチュエーションは好きなんですが、科学的な理屈が多く登場する「リアル系」にはあまり興味がなかったんですよ。思想的なところでは『天空のエスカフローネ』や『覇王大系リューナイト』などの90年代のアニメから培われていると思います。戦時アニメみたいなのはあまり見ていなかったんですね。ガンダムもGガンダムが好きで、そういう意味では子供っぽいSFが好きで、何か超常的なことを考える時にはなんとなく覚えているようなアニメのシチュエーションなどを思い浮かべながら描いているような気がします。

先生が漫画を描く際には、結末は先に考えてしまうのでしょうか?

小川『ぼっち侵略』に関しては結末が一切決まっていません。『飛空士』以降は描きたいことが何もなくて、オリジナルを考える能力が欠如していたんですね。そういった中で自分には何があるだろう、と考えた結果、昔出したネームに女の子が宇宙人で、彼女が「私と世界征服しましょう」って言う話があったからそれを掘り返して提案しました。そうしたら市原さんが「それだけじゃわかんないからとりあえずネームにしてよ」って言うのでネームを出したら「じゃあ2話まで描いてみよう」「わかんないから3話まで」という風に言われて、結局そのまま描き始めました。 それまでは読み切りや原作付きといった結末がちゃんと見える話を描いていたので、すごく不安でしたね。だけど連載が始まってから「連載というのは生き物で、描いていくうちに変化していくものなんだから、もっと自由になりなさい」ということを市原さんに言われて、これでいいんだと思い直しました。結末が決まっていないとは言ったんですが、実は1話の作画をしている時に「この話の終わりはこうなるんじゃないかな」ということは見えていまして、一応はそれを目指して描いています。