3章:漫画家になりたいから描き続ける

様々なジャンルに挑戦し、多くの漫画を描いてきた吉川先生に、連載をどうとってきたのかお伺いします。『わたし、オタリーナですが。』(以下『オタリーナ』)の連載はどう決まりましたか?

吉川『24時間サンシャイン!』が出版された時もまだ、本屋でアルバイトをしていたんですね。それで、店長さんが店頭にいっぱい置いてくれたんです。そしたら、マガジンハウス編集者の方が偶然手に取ってくれたんですよ。その頃は『となりの801ちゃん』『ぼく、オタリーマン。』『腐女子彼女。』等のオタク文化の本が売れていた時期でした。で、私のことをオタクだと見抜いてくださって(笑)。それで「オタクっぽい漫画描きませんか」と。マガジンハウスはオシャレ系の雑誌ばかり出している出版社だったので、オシャレ系のお仕事がきた!と思ったら違いました(笑)。

『オタ的恋愛事情』の連載はどう決まりましたか?

吉川『オタリーナ』を読んでくださったガンホーの編集さんが「やりましょう。」と言ってくださったんです。『オタリーナ』で自分のことは話し尽くしてしまったので、投稿を募集するスタイルにしました。

『フラ男子!』の連載はどう決まりましたか?

吉川『片桐くん〜』を見てくださった編集さんが、ウェブスピカで連載しませんか、と声をかけてくださいました。ジャンル指定はなかったので、マイブームだったフラダンスにしました。女の子がやるイメージのダンスを、男の子が踊るのをテレビかなんかでちらっと見たんですね。それがすごくかっこよかったんです。でも、実際踊っているところを漫画で描く事って、すごく難しくて四苦八苦しました。

『踊る産科女医』の連載はどう決まりましたか?

吉川「宋先生の本を元に漫画描いてほしいんですけど」と出版社の方からお話をいただきました。やります!やります!って(笑)。企画ありきでしたね。

原案の『産科女医からの大切なお願い―妊娠・出産の心得11か条』(無双舎)をどう漫画化していきましたか?

吉川本を見ながら、案を描いて、宋先生と担当さんに見せてから描いていました。けっこう自由に描かせていただきましたね。漫画にすると伝わりにくいシーンはいろいろ足したりしました。例えば、女の子が妊娠してしまった話があったら、その文に男の子の描写がなくても、描いたりしました。宋先生の言いたいことを伝えるために漫画を描く、というスタンスがありました。自分の漫画という意識はなかったです。

読者の反響はどうでしたか?

吉川「自分の子供にも読ませたい」「知らないことがいっぱいあった」と言ってくれました。宋先生のやっている啓蒙活動のお手伝いができてよかったですね。今度、朝日新聞の夕刊で宋先生が連載を始めるんですが、それに挿絵漫画を描かせていただくことになりました。宋先生との仕事は、勉強になりますし楽しいです。

『子どもと十字架』の連載はどう決まりましたか?

吉川コミティアで出したオリジナルの同人誌を見てくださった角川書店の方が「今度歴史漫画雑誌が出るんですが、どうですか。」と声をかけてくださいました。それまでに出ていた漫画は、ショートコメディが多かったので、そのお話がきた事が奇跡でした。おお〜きたぞ〜って(笑)。

今まで描いてきた漫画と違って1話あたりのページ数が多いですよね。

吉川私の漫画の中で最長ですね。50ページの時は本当に死ぬと思いました(笑)。月刊の漫画家さんは40ページ描かれるじゃないですか。ほんとすごいなと思いました。描いても描いてもあるので(笑)話を考える事にも描く事にも時間がかかりましたが、編集さんがとても経験豊富な方で、いろいろ教えていただきながら描きました……

具体的にどのようなことを教えてもらいましたか?

吉川山のようにありました!それで1冊本ができるのではないかというくらいです。例えば、主人公が初登場するシーンとかでも、「こう出した方が読者さんにささるからこうしましょう」と提案してくれたり……。あと、とにかくキャラ同士名前を呼べと言われました。普通の会話の中では名前を呼び合ったりはしないですが、読者さんに自然に覚えてもらえるように名前を呼び合うような台詞を意識しながら決めたりとか。

たくさんある天正遣欧少年使節についての資料をどう漫画として使っていくか悩みませんでしたか?

吉川歴史漫画を描くのは初めてだったので、ひねりすぎないように……。皆が知っている歴史上の事実を外さないようにして、あとは自分が描きたいものを描きました。でも、学習用の歴史漫画とは違うので、ある程度アレンジを加えました。ビジュアル面では華やかにしたかったので、ほんとは皆坊主だったんですが髪型を変えました。

『葬式探偵モズ』の連載はどう決まりましたか?

吉川『子どもと十字架』の連載のお話をいただいてから、それを掲載する『サムライエース』(角川書店)の創刊が遅れたんですね。それで、その間何も描かないのはなんなので、同じ角川書店から出版されている『コミック怪』(現在休刊)で読み切りをやりませんかと言ってくださって……。あとから連載になりました。ちょうど、『ア部!』の担当さんが、葬式がおもしろいと言っていて、私も民俗学など興味があったので、いろいろ調べていたんです。最初は葬儀屋の話とか考えていましたが、葬式探偵にしたら、事件が始まった時点で人が死んでいて、どうしようもないところから始まる手遅れ感がおもしろいかなと。

初めてのジャンルであるミステリーストーリーを考えるのは難しかったですか?

吉川例えばですが、ギャグ漫画で、1コマ前で背負っていたはずのカゴを背負っていなかったとしても、まあギリギリなんとかなるかと思うんですが、ミステリー漫画では、お話が成り立たなくなるので、そうはいかない。昔から大好きだったミステリーを描くチャンスをもらったので、頑張ろうとは本当に思っています……。

『片桐くん〜』の連載はどう決まりましたか?

吉川出版社の方から、猫漫画描きませんかと依頼を受けました。

猫中心の漫画でしたが、話が進むにつれて人間中心になってきましたよね。

吉川担当さんと話し合って人間中心にしていったわけではないんです。だんだんそういうふうになっていきました。加藤さんは、片桐くんの結婚相手を想定してではなく、単なる職場の女の子として登場させていました。最初はとにかく猫のかわいさが描ければよかった。

『片桐くん〜』は、『月刊コミック@バンチ』3月号から『猫とふたりの鎌倉手帖』としてスタートしました。なぜタイトルを変えたのでしょうか?

吉川担当さんに「新装開店しましょうか」と提案していただいたのがきっかけです。『週刊コミックバンチ』から『月刊コミック@バンチ』に掲載移動して、ページ数が増えたあたりで、ちょうど、片桐くんの私生活に変化が出てくるだろうなという時だったんですね。そろそろ、片桐くんが加藤さんにプロポーズするんじゃないかなーって(笑)。ちょうどいいタイミングでリニューアルできたので編集さんには感謝しています。

なぜ、片桐夫婦が引っ越すことにしたのでしょうか?

吉川新婚さんなので、家を引っ越したほうがいいかなというのと、それなら知っている土地の話にしたほうが描きやすいと思って、出身地である鎌倉にしました。いいスポットが多いので、描いていて楽しいです。資料写真を撮るという口実で、小旅行できたりします(笑)。

恋愛漫画ではなく夫婦漫画にした理由はありますか?

吉川本当は恋愛漫画を描きたいんですが、照れちゃって描けないんです。でも、漫画家さんが照れながら描いてくれたであろう少女漫画は大好きです!!『猫とふたりの鎌倉手帖』では、パートナーのいる生活の良さを伝えることができたらいいですね。

漫画家という仕事のやりがいは何だと思いますか?

吉川自分の好きなことをやっている充実感がやりがいですね。この前、コミティアの出張編集部へ持ち込みしに行ったんですが、いろいろな批評をいただいて、勉強になりました。私、未だに漫画家になりたいと思ってるんです。ゴールはまだ全然していません。小さいときからの憧れの職業である漫画家になりたくて、今も頑張っている自分がいつまでもいるんです。今でも、漫画雑誌の新人賞結果発表のページを見るとすごく羨ましい気持ちになります。

最後に、漫画家を目指している人にメッセージをお願いします。

吉川月並みな話ですが、漫画を描くには、漫画を描く以外の経験が大事かなと……。出来るだけ、漫画一本にならずに、遊びに行ったりスポーツをしたりするといいと思います。そして、自分の長所を自分で決めず、人が言ってくれる長所を伸ばすように意識するとか。あと、自分が向いていないと思うお仕事の依頼がきても、まずやってみると意外と向いているかもしれません。とはいっても、私もまだまだ自分探しの最中なので、ぜひ一緒に頑張りましょう!

 

吉川景都先生色紙


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コダマメモ
 「未だに漫画家になりたい」という思いがあるからこそ、多くの連載をとり、ジャンルを超えた漫画に挑戦されてきたんですね……!聞き描き漫画や、本を原作とした漫画を描いていた吉川先生には、他の漫画家さんにはない技術をお持ちだと思います!次はいったいどんなジャンル漫画をお描きになるのか楽しみですね!


 

文責:コダマヒカル