「まんがタイムファミリー」にて連載中、富豪草野家の家事全般を任されている凄腕家政婦の日常を追った4コマ作品『椿さん』。炊事洗濯etc……何から何までパーフェクトにこなす完璧家政婦ながら、イタズラ心と茶目っ気のある椿さんの行動はいつも予想の斜め上!そんな彼女が引き起こすドタバタ劇を描いている作者が楯山ヒロコ先生です。先生は現在、放電体質な女の子鳴神響子が主人公の『100万ボルトの彼女』、毎回「あい」をテーマにしたオムニバス4コマ作品『あいすべきものものどもへ』等も連載中と、4コマ誌を主戦場に勢力的な執筆活動を行っています。そんな4コマ漫画界のホープにマンガラボが直撃!
まずは、デビューのきっかけから漫画制作全般にまつわるお話を。


Q1.初めて本格的に漫画を描いたのはいつですか?またそのきっかけは?

楯山ヒロコ先生(以下楯山)きっかけは覚えていませんが、中学生のころには一揃い持っていた気がします。原稿用紙に付けペンでペン入れし、きっちりトーンを貼った一枚絵を学校に持っていったら雨に降られ、見るも無残になった記憶があるので……

Q2.デビュー以前は、どのような作品が好きでしたか?

楯山昔はゲームアンソロ四コマと、少年漫画が主。今はほぼ何でも読みます。デビュー前後で嗜好が変わったということはあまり実感としてはないです。強いて言えば、大人になってゲームから離れたので、アンソロはあまり読まなくなりました。

Q3.学生時代はどんな活動をしていましたか?

楯山いわゆる同人のようなものはほぼしておりませんでした。中学までぼんやりと絵を描いていたが、高校では漫画(というかネタ絵)を描くことを覚え、教科書のパロディネタなどを描いて見せるなどしていました。あとは部活(演劇部)をしていたころ、自分たちが演じた演目の二次創作(四コマ)なんかもしていました。当時からギャグばっかり描いていた気がします。

Q4.プロの漫画家を意識したのはいつ頃ですか?

楯山これも明確に覚えてはいませんが、たぶん、上述のクラスメートや部員が笑ってくれたことが大きいと思います。だいぶのんびり来てしまった気がします。

Q5.商業デビューのきっかけを教えてください。

楯山投稿を考えていたころ、ちょうど芳文社の新人賞が創設されました。これ幸いと出してみたところ奨励賞をいただきまして、それがデビューです。それ以前にも投稿などはしていましたが、今日までにつながるデビューというとそこです。
実はデビュー前にもほぼ四コマしか描いておりません。ストーリー漫画を描いたこともありましたが、それはハシにも棒にもかからずでした。

Q6.商業誌での初連載、『ハニーtheバンドガール』は惜しくも単行本化を果たすことが出来なかったようです。思うところは沢山あったかと思いますので、当時の反省等を率直に教えて頂けないでしょうか?

楯山思うところが沢山ありすぎて今はよく覚えていないのですが、現状では商業で通用しない力量なのだ、という事実がとにかく重かったです。
ただ、あの作品から知っていただいた読者さんもいますし、形にならなかったからこそ、創作全般について考えを改めなおすことができたので、今もあの作品には感謝しております。今後もあの衝撃は忘れずにいたいものです。

Q7.現在のネームの切り方を教えてください。

楯山文字プロット→ネーム起こしです。
基本的に一本で完結する単発のネタなので、ひたすらネタおこしですが、流れのあるネタを作るときは、その流れの起承転結からページの配分をします。それからネタを当て込んでいきます。

Q8.いわゆる「ネタ帳」のようなものは使っていますか?

楯山作ったはしからなくすのでしばらく持っていませんでした。今は、「趣味落書きから思いついたネタやら設定やらをすべて書きなぐる帖」を作っています。

Q9.巻をまたいで登場するネタがありますが、先生のお気に入りのネタや印象に残っているネタはありますか。

楯山初期のころの夏に描いた、あっぱっぱ。
いつぞやのエイプリルフールで二段ヅラの椿。
最近の、子供が「家政婦になったら天井から出たい」というもの。などです。

Q10.現在の作画行程や画材について教えてください。連載中に作画環境に変化が起こっていた場合は、そちらも合わせて教えてください。

楯山現在はアナログでペン入れ、フォトショップで仕上げです。『椿さん』の途中でデジタル仕上げにしました。
カラーはコピックとフォトショ、アナログとデジタルどちらも使います。作品のカラーによって、担当さんと相談しつつ使い分けています。

⇒インタビュー後半は『椿さん』を中心に作品にまつわるあれこれ!


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