これまでの25年、これからの25年

先生は既に四半世紀近くの画業をお持ちですが、続けてこれた秘訣は何なのでしょうか?

吉富臨機応変に変化し続けたことでしょうか。デビューして間もないころは、「自分にこれといったカラーがない」という悩みがあったんです。他の作家さんはある種のジャンルを専門的に描かれることがほとんどで、それを通じてカラーができてくると思うんですが、そういうものが自分にはなかった。「常にニュートラルな漫画家」と編集には言われていました。無理やりにでもカラーを作った方が良いんじゃないかとも思っていたんですけど、それがなかったのが逆に良かったのかなと今では思います。普通変わること、新しいことをするのって怖いじゃないですか。自分は逆なんですよ。すぐ飽きるんです(笑) だから新しいことをやりたくなるんですね。

実際に百合作品も手がけるなど、年々活動の場が広がっているように見受けられます。

吉富百合作品を始めたときは「あの吉富が百合なんて」と言われましたね(笑) 最初は、特にペンタッチをどうしたら良いかわからず、めちゃくちゃ時間を掛けて迷いながら線を引いていましたね。
実は最近、BL作品も描いているんです。角川の「BOOK☆WALKER」というサイトで4月25日から配信される、『男主―DANSH―BLアンソロジーGalettes』という「男性が描くBLアンソロジー企画」の一環で描きました。
女の子同士、男同士の恋愛ものを描いて思ったのは、やっぱり男を描くのは楽だということです。なりきってやっているつもりだったんですが、百合はやっぱりどこまで行っても作った感情でしか描けない気がしましたね。いざBLを描いてみたら、男同士の感情の方がすごくやりやすかった。そういう意味では逆に、未知のものを想像して描くという面白さも百合にはあったかとは思います。

その両者を描いた作家というのは、男性に限らずほとんどいないと思われます(笑) そのほか描いてみて気付いた違いはありますか?

吉富性別の違いからくるのか分からないのですけど、BLって職業を絡めて描いてもOKなんですよね。男って仕事する、要は外に行く生き物じゃないですか。仕事の内容も、より突っ込んで描写した方がリアルで好まれるようです。片や百合となると、職業と絡めると百合要素が薄れるんですよ。自分の描き方が悪いのもあるんでしょうけど、あんまり寄りすぎると読者の見たいものとズレてしまいがちです。結局、百合の感情面を描いてあげることがメインになって、百合で仕事を同等に扱うことはできませんでした。そういう制約があるなかで描く楽しさも百合にはあるのですが、そのあたりにBLとの違いを感じましたね。

配信を楽しみにしています!それではこれからの四半世紀に向けて、今後の目標など教えてください。

吉富デビューが割と早い方だったので、ロスタイムじゃないですけど精神的には半分引退している気分です(笑) なのでこれからは、今までも散々好きにやっていましたが、もっと好き勝手できないかなと思っています。相手の編集さんもどんどん年下の方になっていき、その若い編集さん達は実験や新しいことがやりたくて仕方がないようなんですよ。そういう方と付き合うのは楽しいので、自分という素材を好きなように使ってくれと思っています。
個人的な作家としての集大成、本当に自分の作品といえるのは『EAT-MAN』だろうなと感じています。自分のバックボーンになっているというか、ほっといて好きに描
くとあの路線を描いてしまうんです。そういった意味で、『EAT-MAN』で失われていた「隙のなさ」というのを他の方―要は編集者ですよね―彼らに補って頂けないかなと思っています。自分で自分のやりたいことを決めつけるのはしたくないんです。自分素っ裸でいるんで、「この服着て踊ってみろ」と言われれば付き合いますよ、といった感じで待ち構えています(笑)

出版社の方、いつでも吉富先生は面白い依頼をお待ちしているようです!それでは最後に、漫画家を目指す学生の方にメッセージをお願いします。

吉富漫画って技術だけじゃないんですよね。絵が描けるのは大前提で、勝負するのはそこじゃない、大事なのは「アイディア」だと思います。そして、新しいアイディアを生むのは何かと何かの『組み合わせ』だと思うんですよ。
最近すごいと思ったのは『暗殺教室』ですね。「地球を破壊する怪物が先生」という設定なんて見たことないじゃないですか。ところが……「先生」と「侵略者」、要素だけ抜き出せばどっちも嫌ってほどよくある設定じゃないですか。でもこの二つを組み合わせたものが、おそらくは初めてのものだと思います。そうやって既存のものと既存のものを組み合わせることで、新しいものが生まれるのだと思います。中々これは使いやすい思考法だと思っています。
自分のなかでも、もともと百合とギャグは親和性がないと言われていたので、じゃああえてやってみようと思って始めたのが『しまいずむ』ですし、『地球の放課後』もそういう考えで描いた作品です。人が怪物に消されるというパニックものと、のんびりした空気感が漂う日常もの。これは絶対にダメだ、バランス悪そうと誰もが思うであろうから、だからこそやってみたら面白いんじゃないかと(笑)

結論を言えば、「勝手にやった方が良い」ですよ。漫画家ならどんどん偏って欲しい。真横になって歩いているぐらいがちょうどいいんじゃないかと思います。漫画だと「絵」と「話」が連動する場合があるじゃないですか。映画とかアニメーションではどうしても分担して作業をするので大勢の方が別々に描かれますが、あえてそれを同じ人間がやるのが漫画の面白さだと思います。同じ人がやるからこそ、偏っていくのが面白い。その変なところも含めて面白いので、どんどん偏ってください(笑)
そうやって描いている内に、自分にはどうしようもない弱点というのが必ず出てくるはずです。しかしその弱点かもしれないものが、長所になることは大いにあります。自他共に認めるダメなところは、じっくりとよく見てみれば「宝物」かもしれません。なので自分の弱点だと思う部分をよく見つめてみてください。先ほどの『地球の放課後』の話とも繋がるのですが、自分も長編がダメだダメだ言われて、やっぱり短編が昔から好きで、それを自分で認めようという風に再確認できました(笑)

 

yoshitomi


せんちゃん(眉ほそ)あたたメモ
2007年に週刊少年チャンピオンで連載されていた『スクール人魚』が単行本化され、4月19日に発売されました。さらに現在チャンピオンREDで新シリーズが連載中!更にお話にも出ていたBL作品や、新創刊された『ヤングコミックチェリー』でも新連載が始まるそうで、まだまだ吉富先生の創作意欲は尽きないようです!


 

文責:あたた(@atatakeuchi)