吉富先生の創作術を直撃!

現在のネームを作るときの手順を教えてください。

吉富まずはじめに思いついた話の筋を、分量関係なくメモに書き出していきます。その次に、それをもうちょっとシェイプアップした感じの箇条書きにして、この辺は6ページかな、この辺は3ページにまとめられるなといったようににざっくりとページ数を割り振っていきます。その箇条書きを見ながら自分用の「ラフネーム」を切ります。ラフを描いてみてどうも画面が単調だなと思ったら、本番のネームに移すときにより良いものに変えたりします。要は2度構図を練ることができるんです。最初からコマ割を決めようとすると思わず似たような構図が並んだりしますし、単純に描き込んだネームだと直すのが面倒なんですが、ラフぐらいなら1ページ丸々削るとかでもある程度までならできます。時間の節約にもなるし、本番のときのネームがすごく楽に切れます。そのあとに、B4で編集に見せる用の本番ネームを描いていきますね。

ネームで注意しているポイントはありますか?

吉富それはもう、「見やすく、分かりやすく」につきます。ごちゃごちゃしていたのをシンプルにしなきゃという課題は常に自分にありました。そういえば、最近はあまり斜めにコマを切らなくなりましたね。画面を斜めに見せたいときは、四角に描いてあるコマの中で構図を斜めにした方が、躍動感が出るような気がしています。最近他の方の作品でもなんとなく見ない気がするので、流行りなのかもしれませんね。
昔はすごくコマ数が多かったんですけど、いまは減らしているというか、自動的にそういうコマの割り方になっていますね。「郵便局マーク」と自分は呼んでいるんですけど、基本のコマ割が「〒」になることが多いんです。一回縦に割ったら、次の段でもう1回縦に割ることをしなくなったんですよね。そのほうが見やすいのかなと。そんなことをしていると自然にコマ数が減っていきました。

コマ割というのは漫画家独特の作業なので、中々難しいものだと感じます。

吉富コツとしては、見開きで見たときに同じような顔が並ばないよう気をつけることです。1番分かりやすいのは顔のサイズですね。それと見開きにかけて、「右上から左下に向かって対角線上に主人公の表情を変えるようにする」というテクニックはよく聞きます。読者の視線がそのように動くので、感情がどう動いたのか追いやすいとか。

それでは次に、現在作画で使っている道具を教えてください。

吉富人物の作画は基本的にゼブラのGペンと製図用の丸ペンです。これらは摩耗の度合いによって3本ずつくらいを使い分けています。ベタは呉竹の筆ペンを、筆ペンのインクを使わず付けペンみたいに開明墨汁に付けて、キャップ付きの筆として使っています。筆ペンってインクの出方の調節がしづらいんですよ。これは昔来てもらったアシスタントさんに教えてもらったテクニックです。

いまアシスタントさんはいらっしゃるのでしょうか?

吉富いえ、今は全部1人でやっています。ちょうど『RAY』をやっていたときが1番多かったのですが、アシスタントさんも彼らの人生があるのでいつまでもウチで働かせているのもどうかなと。
あと、単純に背景を描くのが好きというのもありますね。背景だけ一生懸命描くのはよくやっています。街の俯瞰の背景とかは1枚の絵で描き溜めしておいて、それをスキャンして使ったりしています。『地球の放課後』ではよくやっていましたね。
『地球の放課後』は1番背景を描くのが楽しく、かつ大変でした。「ファンタジーと現代ものの、大変なところをミックスしたような感じ」だと友人にも言われました。見たことのある風景+想像で植物を生やしていくというのがとにかく難しかったです。ファンタジーの大変さって見たことのないものを描くところですが、裏を返せばだれも見たことがないものなのでどうとでもなるところもあるんですが、『地球の放課後』はとりあえずみんなが見たことのあるような風景を、見たことのない状態で描かなきゃいけないのがとにかく大変でした。

その分、『地球の放課後』の背景からは空気感のようなものまで伝わってくるように感じました。その他、作画でこだわっているポイントはありますか?

吉富1時期すごいこだわって、「部屋の中にカメラがある」体で描くというのをやっていたのですが長続きしませんでしたね(笑) 漫画なら、壁をぶち破ってカメラがあっても良いのかなと。ただホラーテイストの作品では、なるべくカメラが部屋に入る位置で描くようにはしているはずです。ホラーなら二次元的な舞台よりも、リアルなカメラワークの方が怖いかなと。実写でもなんとかできる画面作りを目指して作っています。

今月発売の『スクール人魚』はまさしくホラー作品なので、注目して見ると面白いかもしれませんね。しかしカメラワークにこだわりを見せるのは、まるで映像作品のようです!

吉富短編が好きなように、2時間で終わるストーリーという意味で映画も好きなんですよね。だから本当は、小学生の頃から映画をやりたかったんです。でも小学生にカメラとか買ってもらえないですからね(笑)  自分がなんで漫画を描くようになったかといえば、小学生でも漫画だったら一人で作れるからというのもあります。その延長ですね、カメラアングルとかを気にするのは。そういう「本当はやりたいものがあった」という制約感みたいなものも、漫画にはいいんじゃないかなとも思っています。

画作りに引き続き、お話作りについて。先生の作品では1話完結スタイルの作品が多いですが、どのようにストーリーを作り上げているのでしょうか。

吉富自分はオチから考えることが多いです。そういうのを「帰納法」っていうのでしょうか。自分は帰納法で考えることが多いので、短編向きなんでしょうね。逆に人からも言われるんですけど、長編はあんまり向いてないんじゃないかと思っています。長編をやるときも、スタイルは1話完結でやる方がしっくりくるなあと自分でも思っています。
連続する話を描くとなると、当たり前ですけど次もその話の続きを描く訳じゃないですか。自分はすごく飽きやすい性格なので(笑)、次は全然違う話にしたいというのがしょっちゅうあるんです。毎回新しいことをしていく楽しさは、1話完結の方がありますね。

1話完結というのは、雑誌のどこから読んでも楽しめるという利点もあるかと思います。

吉富自分が連載を始めた18歳くらいの頃の周りの編集は全員、「漫画というのはこういうことなんだ!」という熱い編集ばっかりだったんです(笑) そういう人達に「週刊誌だと盛り上げて次に繋げられるけど、月刊誌でそれをやられても困る。必ず1話で終わらせろ」というのを叩き込まれた記憶があります。18の頃なんでけっこう強烈に残っているのかもしれません。

そのように帰納法的に考える一方、『地球の放課後』では着地点を決めずに作品を描き始めたとか。

吉富もともと弱点として、「お話をまとめるのがうまいんだけど、その『まとめ癖』のせいで小さくおさまっている」とよく言われていたんです。隙がないとか、無駄がなさすぎて読者が入りこんで遊ぶ隙がないと。
ずっと弱点なのでなくさないといけないと思っていたんですけど、ちょっと考え方が変わったんです。どうやったって悪い悪いまとめ癖は出てしまうので、それなら逆に「どんなに伏線がとっちらかっても回収できるのか自分は?」と思うようにしたんです。おそらくできるだろう、という変な自信もありました。
それで『地球の放課後』では、とにかく面白そうな映像やエピソードをとにかく5話目ぐらいまであえて何も考えずに描き出していきました。怪物も、宇宙人かもしれないし未知の生物かもしれない。1巻のときキャラクターが言っていた台詞はそのときの自分の考えそのままなんです。そうやってとりあえず机の上に並べたものは、「どうやらすべて関係があるらしい」という体で考え、それならこういうことかという流れが、2巻を描く時点で大体決まりました。あとはそれに沿って謎を出すだけでよくなりました。

それだけ散らかしたのに、2巻の時点で既に全6巻の大まかな全体像がみえていたんですね。

吉富直前までは7巻ぐらいまで行くという話もしていたんです。ただそれだと謎ばっかりが増えて、つまりは処理しなければいけない情報だけが増えるんですよね。学校の成績は良かったわけじゃないんですけど、自分が敷いた伏線はなぜか「忘れられない」んですよ。打ち合わせするごとに回収しないといけない伏線が増えていき、そればっかり気になるんですよね。それは蛇足でしかないので、6巻にまとめることにしました。
とにかくどんなエピソードであってもつなげてしまえるのであれば、好き勝手面白いことだけを並べれば良いんだと思って作っていました。まあ、出来上がったらそれなりに小さい話になってしまったのかもしれませんが(笑)