2113年を迎えた。

僕は、とあるアイドルのライブに来ている。

普段からアイドルの曲は聴かないし、
そこまで興味があるわけでもない。
ただ友達に連れて来られただけだ。

そいつが最近ハマっている、駆け出しのアイドルのライブである。

別に嫌いなわけでもないから、雰囲気だけでも楽しもうかな。

それくらいの気持ちで参加したライブだった。

サイリウムを振りながら、
「それにしてもよくできてるなあ。」
と、軽快に踊り、笑顔で歌うアイドルを見て感じる。

というのも、今僕の目の前にいる彼女達はアンドロイドだからだ。

社会で活躍できる程のスペックを持ったアンドロイドは、
僕が生まれる前に発明されたらしい。
そして、最初にアンドロイドのアイドルが出たのは僕が生まれた少し後の事だ。
それから著しい技術の発展を遂げ、
彼女達は本物の人間のように歌い、踊るアイドルとなった。

1世紀ほど前には、
サンプリングされた人の声を元に歌声を合成できる音声合成技術で、
ボーカロイドというものがあったそうだ。
その時世間は賛否両論分かれ、
やはり機械の声は受けつけないという人もいたらしい。

今でこそ彼女達は当たり前のように僕らの生活の中にいるが、
登場した当時は世間を騒がせた話題となった。
ニュースで取り上がられていたのを僕もかすかに覚えている。
しかし、ボーカロイド同様に、
開発当時は「所詮機械だ。」と
アンドロイドのアイドルを批判するものも多かったと母から聞いた。

機械である彼女達には、
整形問題もなければスキャンダルもない。
正真正銘の、完璧な「みんなのアイドル」だ。

ライブはとても楽しかった。
プログラミングされているのかMCもきっちりこなし、
ダンスも完璧。

終了後、小さなライブハウスを後にする僕達の一人一人と握手をし、見送ってくれた。
駆け出しだからか、ファンサービスも徹底している。

最後の女の子と握手をした、その時。
僕は、その笑顔に、一目で惹かれてしまった。

一瞬固まってしまったが、
はっとして、僕はそそくさとその場から離れ、出口へと向かった。

一度だけ振り返る。
僕に気づいた彼女が手を振った。

とてもプログラムだとは思えなかった。
あの時、握った手に体温はなかったはずなのに。
他の子も笑っていたはずなのに。
彼女の笑顔だけは何故かあたたかく感じた。

帰り道、友達はライブを絶賛して、
推している子のここが良かったなど散々語っていたが、
僕の耳を右から左へと通り抜けていくばかりだった。

家に着いてから、さすがに自分に引いた。
相手はアイドルだ。それ以前にアンドロイドだ。
その彼女に恋なんて。

馬鹿だと分かっていた。
どんな友達にも話せなかった。
それでも一度考えてしまったら、気持ちはとまらず、
金欠だといって友達が来られない間も僕はライブハウスに足を運んだ。

友達は「お前もハマったな!」と喜んでいたが、
僕は別にグループ自体にハマったわけではなかった。
ただ彼女に会いたかったのだ。

覚えてられているのか、
というよりはメモリに記憶されているのかは分からなかったが
僕は足繁く通った。

他愛もない話ができるわけでもないけど。

僕と同じように通う常連のお客さんもいた。
ただ、彼女達の新しいファンはあまり増えていかなかった。

このままひっそりと固定のファンを大事にして活動していくのかなと思った。
僕はそれでも、いやむしろそっちの方が、
いいのかもしれないとも思っていた。
だって、売れてしまったら距離が離れてしまうだろうし。

そんなある日、
とある情報がSNSでまわってきた。
画像のついた誰かのつぶやきだった。
画像を開くと、
それは、思わず目を覆いたくなるような光景だった。

人がぐったりとして山積みになっている。
ゴミのように積まれた無数の女の子達がそこには写っていた。

ニュースの内容は、
とある芸能プロダクションが売れないアンドロイドアイドルを
経費削減のために全て処分したというものだった。

その処分の仕方に批判が飛び交い、
多くの人にリツイートされた。

僕の頭には瞬間的に彼女の姿が浮かんだ。

彼女も売れなかったらこうなってしまうのだろうか。
こうはならないにしろ、
ロボットだからとひどい扱いを受けているのだろうか。

ライブの日。
いつも彼女は握手の列の最後に立っていた。

僕は握手の瞬間、
彼女の手を引き、会場を飛び出した。

後ろでどよめいているのが聞こえる。
陸上部の力、見せてやる。

さすがアンドロイド。
余裕でついてくる。

プログラムされていない事態だからなのか、
彼女は呆気にとられた顔をしている。

とにかく走った。
地下鉄に飛び乗り、なるべく遠くへ。

舞台衣装が明らかに目立っていたので、
僕のパーカーを貸してあげた。

電車の中で、彼女は無言だった。
ただ興味深そうに辺りを見回していた。

適当な駅で降りて、
適当なファミレスに入る。

彼女は意外と落ち着いていた。
「いきなりごめんね。…驚かないの?」

「うんっ。別に。
あのライブハウスじゃないところ、初めて来た。」

慌ててるのは僕だけか。

彼女はわくわくしてるの…かな。

「まあいいや。だいじょうぶでしょきっと。
ねえ、君の事聞かせてよ。」

心なしか目がきらきらしているように見える。
彼女は好奇心旺盛らしい。

それから僕達は、他愛もない話を何時間もした。

言わずもがな表情にバリエーションは少ない。
それでも、僕には彼女が楽しんでるように見えた。
僕の思い込みかもしれないけど。

僕がこんな事をするに至った理由も全て話した。

「こんな事になっている子もいるんだ…。
君は私の事を心配して連れ出してくれたんだね。」

はっきりと言葉にされると照れくさくて、
僕はかすかに頷いた。

「んー…と、…ありがとう?
こういう時ってありがとうって言うんだよね?
私インプットされてるプログラムしか分からなくてさ。
スムーズな会話できないかも。」

「うん。合ってるよ。大丈夫。」

「君と話して、いろんな初めてのものを見て、とても面白かった。
いろんな知識が増えたかな。
でも、私そろそろ戻らないと。マネージャーさん心配してるだろうし。」

「あ、あのさ!
外の世界にはもっと面白い事がたくさんあるよ!
いろんな事をたくさん経験した方が、
やっぱりこれからの仕事に役立つ…んじゃないかな。」

必死に止めている自分がいた。
我ながら苦しい言い訳だ。真っ赤な嘘。
引き止める理由なんてただ一緒にいたいから、それだけだ。

それを彼女のためだなんて、汚いなあ自分。

彼女は少し考えていた。

「うーん。確かに。
知識があるにこした事はないしなあ。
どこかで役に立つかも。
もう少しだけ一緒にいようかな。」

ファミレスから出て、夜道を歩く。

道中、彼女の頭に次から次へと湧いてくる疑問に一つ一つ答えた。
答えるたびに彼女は、
まるで小さな子が覚えたての新しい事を
明日学校で披露するのを楽しみにしているように、嬉しそうにしていた。

2駅分ほど歩いて、僕が一人暮らしをしている白い小さなアパートに着いた。

扉を開けてあげると、
彼女はそのまま土足で部屋にあがった。

「ちょっと、ちょっと待って!」

彼女はぴたと止まって、振り向いた。

「誰かのお家に入る時はね、入る前に靴は脱ぐものなんだ。」

「へえ。」

戻ってきて靴を脱ぐ。

僕が「ただいま。」と言うと、
こちらを少し振り向いて、
彼女も「ただいま。」と繰り返した。

それから、2日ほど彼女と過ごした。

彼女は驚くべきスピードで、世の中の常識やマナー、知識を吸収していった。
一度教えた事は忘れなく、
次第に普通の人間と同じふるまいを自然にできるようになっていった。

そんなある日。

僕達はテレビを見ていた。
彼女は食い入るように画面を見つめていた。

そして、番組はとあるアイドルを映しだした。

今一世を風靡しているアイドルだ。彼女達は普通の人間である。
僕もグループの名前と、
街中で耳にたこができるほど流れている何曲かくらいなら知っている。

有名な曲のメドレーを汗を流しながら、笑顔で歌い、
一生懸命踊りきった彼女達の姿は、
たとえ批判的な人でも思わず見とれてしまうほど美しかった。

アンドロイドである彼女が急に立ち上がった。
僕は驚いて隣を見上げる。

「やっぱり、私帰らなきゃ。」

彼女はテレビを見つめて言った。

「あのライブハウスの外に広がる世界は、
『はじめて』がたくさんあって、とってもとっても面白い。

でも、やっぱり私は歌いたい。踊りたい。
それが私が造られた理由だから。
私の存在価値だから。」

「でも…!
もしかしたら、君は…捨てられてしまうかもしれないんだよ?」

「大丈夫だよ。
マネージャーさんは優しいし、
私達はきっと売れてみせる。
もっと私達の歌をたくさんの人に届けてみせる。」

人間と普通の生活を過ごす事で、彼女の人間味は明らかに増していた。
意思は固かった。

そんな彼女は今まで見たどのアンドロイドよりも美しかった。

「そっか…。」

止める事なんてできないと悟った。
でも、心からは送り出せない自分が情けない。

「いつでも…、
いつでも戻ってきてくれていいから。」

「うん。またいろんな事たくさん教えてよ。
君があの時手を引いてくれたから、私の中で何かが変わった。
ロボットだけど、分かるの。

本当にありがとう。」

『ありがとう』の使い方、うまくなってんじゃん。

ずるずるとついて行ってしまいそうだから、
僕はアパートの出口で別れを告げた。

彼女が案内を求めないという事は
きっとインプットされた地図で帰れるのだろう。

「ばいばい。」と手を振った。

彼女も
「ばいばい。」と繰り返した。


制作:東京マンガラボSS制作チーム

担当:ちゃおこ/めもこ


 


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