塾帰りの事だった。

いつも使う駅の改札を抜けてホームへと上がる。
21時45分。
少し都心から離れているからか
ここの駅から乗る人もここで降りる人も少なく、
この時間はほとんど人気がない。

今日も疲れた。
軽いため息をついて椅子に腰掛ける。

ホームから見える月が一段と綺麗だった。
今日は満月かな。

「今日は月が綺麗ですね。」

TMLSS(月)

心を見透かしたように声をかけてきたのは、
5つ並ぶ椅子の端に座る少年だった。
反対側の端に座っていた僕以外には周りに誰もいないから、
僕に話しかけているのは間違いない。

黒いパーカーに黒いズボン。歳は高校生くらい。
カバンも何も持たずに、ただ夜空を見上げていた。

明らかに不審者だ。

「そ、そうですね。」

適当に相槌をうって、早く電車が来てくれる事を祈る。

「今日も塾お疲れ様です。」

「どうも…。」

なんで僕が塾帰りだって知ってるんだ?

僕がいくら素っ気なく返事をしても、彼はマイペースに話を続ける。
彼とは間違いなく初対面のはずなんだが、
不思議とそんな感じがしなくて、すぐに普通に話せていた。

「今日の月は一段と大きく見えますね。」

「それ、目の錯覚なんだよ。
地平線近くにあると周りの物と比較しちゃって大きく見えるだけで、
月の大きさはいつだって変わらない。」

何ともロマンの無い回答に彼は「ふふ」と笑った。

軽快なメロディと共にやっと電車が来た。

彼は立ち上がろうともしない。
乗らないのか。本当によく分からない。

「じゃ。」

と一言残し、僕は電車に乗り込んだ。
彼はにんまり笑って手を振っていた。

3日後。

僕は週2回塾に通っているから、今週この駅に来るのは2回目だ。

黒いパーカーに黒いズボン。
見覚えのある服装の少年がいる。

また僕達は並んだ椅子の端と端という微妙な距離感で腰掛けていた。

ただ、どことなく彼の様子がこの前とは違った。
幼くなってる…?

「今日はこの前より月が欠けていますね。
それに雲がかかっています。」

彼は少し寂しそうに言った。
声色も心なしか幼くなっている。

「そうだね。満月から新月に向かってるからね。」

なぜだか彼は月の話ばかりする。天体観測が好きなのだろうか。
いよいよ謎の多い彼について聞いてみた。

「どこに住んでるの?この前は電車乗ってなかったけど。」

「んー…、月から来ました。」

訳が分からない。変な子だとは思ってたけど電波だったのか。

「ま、まあそういう事にしておこう。
なんでいつもここにいるの?」

「君とおしゃべりするためです。」

理由は分からないけど、不審感や気味の悪さは感じなかった。

「ふうん。」

電車がきた。
今日も彼が乗り込む事は無かった。

4日後。
塾の日以外に駅に行っても会う事は無いのだけれど、
塾がある時は、決まっていつもの席にいつもの彼がいた。

僕は確信をもった。
絶対幼くなっている。
最初に会った時は高校生くらいだったのに、今は小学生高学年くらいだ。

「な、なんか雰囲気変わった?」

「気づいてしまいましたか。
満月が新月になるにつれ、歳が若くなってしまうのです。」

僕は幽霊だとか迷信だとかは信じない主義だ。
しかし、自分が目にしている事実は信じざるを得なかった。
その理由が本当かどうかは分からないが、
彼が年齢が若くなっていってる事は確かだ。

ただ中身の年齢が変わっている様子は感じられなかった。

「どういう事?なんで?」

「まあ細かい事はいいじゃないですか。
今日もお疲れ様です。お家でゆっくりお休みください。」

音楽が流れた。電車が来てしまった。
僕は頭にはてなが浮かんだまま電車に乗り込んだ。
彼は笑顔で手を振っていた。

3日後。
彼は更に幼くなっていた。

小さな体で話し始めた。

「君はクロという猫を飼っていますね?」

「飼ってるけど…、どうしてそれを?」

「信じなくてもいいです。聞いてください。
僕、クロなんです。」

確かに僕はクロという猫を飼っている。
なんでそれを彼が知っている?
そして、いきなり何を言い出すんだ。

「とても残念なお知らせがあります。
僕の寿命はもう近い。もうすぐ僕は死んでしまう。

…だからですかね。神様が最後にプレゼントをくれたのでしょうか。
月の力で夜だけ、そしてこの場所でだけ、人間になれるようになりました。

しかし、月が新月に向かうにつれ力が弱まるのか、
人間の年齢は若くなってしまうようです。
そして新月になった時、僕は消えてしまうのでしょう。」

確かに、最近クロは弱っている。ご飯を食べない時もある。
普段なら信じない僕だけど、黙って聞く事にした。

「それで、最後に、飼い主である君と話をしたかった。
人間となって言葉を交わしたかった。

伝えたい事があるんです。
飼い主である君が、野良猫である僕を拾ってくれた時、とても嬉しかった。
小汚い野良猫の上、不吉だと忌み嫌われていうこんな黒猫を拾ってくれるなんて。
君と過ごした日々は本当に楽しかったです。

ありがとう。」

懐かしい。
クロを拾った日を思い出した。

雪の降る寒い日だった。
白い雪の中に凍えてうずくまる一匹の黒猫がいた。
あまりに震えていてかわいそうだったから、
小学生の僕は抱きかかえて家に連れて帰った。
お母さんからは「汚い」「黒猫なんて不吉だ」と散々反対をされたけど、
「どうして黒猫が不吉なの?」とわがままを言って、
それからクロはうちの家族になった。

音楽が流れる。

「ああ、もう電車が来ます。
感謝の気持ちを伝えられて良かった。僕の夢は叶いました。
さあ乗ってください。」

僕は電車を見送った。

それから僕達は思い出話をたくさんした。
少しまだ疑っていた部分もあったけれど、
クロとの思い出を語るのはとても懐かしくて楽しかった。

次の日、僕はクロを動物病院に連れて行った。
診察してもらうと、末期のガンだった。

もう数日の命らしい。

高校での生活に追われ、最近は構ってあげられなかった。
早々に気づいてあげられなかった事が悔しい。

「不甲斐ない飼い主でごめん。
こちらこそ楽しい日々をありがとう。」

頭を撫でた。

クロは弱った声で鳴き、僕の手をぺろと舐めた。

 


制作:東京マンガラボSS制作チーム

担当:ちゃおこ/めもこ


 


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