疲れました。

理不尽な事で必要以上に怒鳴られる事にも、
残業を何時間やっても残業代が出ない事にも、
すぐ「減給」という単語で脅される事にも、

もう疲れました。

職場の皆様、お世話になりました。
短い間でしたが、ありがとうございました。

そして何より、こんな弱い僕で、
父と母には本当に申し訳なく思います。
今まで育ててくれてありがとう。

…遺書ってこんなもので良いのでしょうか。

良くも悪くもない普通の学歴で普通に就職活動をした結果
ブラック企業に入社してしまいました。
案の定、身も心も擦り切れるまでこき使われ、
ベタにも夜の樹海に自ら迷い込んでいる今に至ります。

コンパスも持たず、携帯電話も捨ててきました。
会社帰りに来たので、会社用の鞄を持って、
中には書類と懐中電灯とロープが入っています。

はっきり言って、友達は少ない方でした。
とにかく目立たないように、
周りに流されて生きてきました。
何においても活躍する人達はただただすごいと思っていましたが、
羨ましいと思った事はなく、
そういった人達の背景のような自分の生き方が好きでした。
もしかしたら背景にすらなれていなかったかもしれませんが。

だから、僕がいなくなったところで、
あまり周りの人達の生活は変わらないでしょう。
背景にいる通行人Aのようなモブが消えるだけなのですから。

適当な切り株を見つけ、
隣の木から伸びている枝にロープをくくりつけました。

特に心残りはありません。
もう、早く休みたいのです。

ああ、楽になれる。

そう思って、首をロープの輪に通し、
僕は足を切り株から下ろしました。

想像以上の苦しさに悶絶しました。
やっぱり煉炭が良かったかな。

意識が遠のいていきます。

もう少し。

その時でした。

じゃきん。という音とともに、
僕は地面へと落下したのです。

「ごほっ…!ごほっごほっ…!」

尻もちをついたまま、
急に流れこんできた酸素にむせ返ります。

何が起こったのか全く分かりませんでした。
ロープが切れた…?

すとっ。
上から何かが目の前に降ってきました。
しかし、暗すぎてそれが何なのかは全く判別できません。

慌てて、地面に軽く落とした懐中電灯を拾い上げ、
辺りを照らしました。

「ちょっ、おま、眩しいわ!」

…人?

眼前に姿を現したのは、
僕と同じ様にスーツを着た、
小太りのおじさんでした。

ただ決定的に違うのは、そのサイズでした。

明らかに見た目で言えば50代後半くらいなのに、
身長は1mもありません。

ちっちゃいおじさんです。

手にはハサミを持っていました。

それで切ったのか…。

その手に持つハサミでロープを切った事以外は
何も状況がつかめませんでした。

なぜこんな時間に、こんなところに、人がいるのか?
こんなに小さい大人がいるのか?
そして、このおじさんは何者なのか?

全然分かりません。

「なーにずっと間抜け面して座ってんだよ。
とりあえず俺んち行くぞ!」

おじさんは気さくに話しかけてきました。
僕の手を強引に引っ張り、立ち上がらせると、
ついてこいと言わんばかりに歩き出しました。

僕は子分のように懐中電灯で足元を照らし、
訳の分からないまま、とりあえずついて行く事にしました。

着いたのは、子供の遊具のような小さな木の家でした。
おじさんにはちょうどいい大きさですが、
僕は四つん這いにならなければ入れません。

「お、お邪魔します…。」

中は、一般的な一人暮らしのような雰囲気でした。
ただ全てサイズが小さい。
部屋の真ん中に置かれているテーブルは、
僕にとってはちゃぶ台くらいの大きさです。

「まあ適当に座れよ。」

ちゃぶ台のそばにある椅子に腰をかけました。

「焼酎でいいか?」

「えっ?あ、はい…。」

おじさんは戸棚からジョッキを2つ、
そして冷蔵庫から瓶ビールを取り出し注ぎました。

ジョッキや瓶は普通のサイズで、
おじさんは両手で慣れた手つきで僕の分まで注ぎました。

「とりあえず生でいいだろ?
お前みたいなやつがたまに来るからよ。
普通のも用意してんのよ。俺にはちと大きいがな。」

そしてそのまま乾杯。

TMLSS(小人)

「で?お前さん、何があったのよ。
理由もなくあんな事したわけじゃないんだろ?」

唐突な質問でした。
しかし、僕はぽつりぽつりと語り始めました。

不思議と次から次へと言葉が出てきます。
普段口数は少ない方なのに。
僕は誰かに聞いてもらいたかったのでしょうか。
自分でも気がつきませんでした。

そして、もうひとつ気づいた事がありました。
自分の不満、愚痴、自殺に至った理由、
全てを言葉に出してみたのは初めてでした。
今までは全部頭の中で考えて、思ったままに行動していました。

しかし、言葉に出してみると、
想像以上に頭が整理されたのです。

同時に、自分の浅はかさに恥ずかしくなりました。

「それで?
お前はそんな理由で首くくろうと思ったのか。
ちっちぇえなあ。」

ごもっともです。

「その遺書だか何だかわかんねえお手紙に、
親御さんへの感謝の気持ちが書いてあるけどよ、
自ら死ぬ事が、どれだけ親御さんを悲しませるか分かってねえだろ。
それはお前の想像以上だ。
何がありがとうだ。
本当に感謝してるなら生きて恩返ししやがれ。」

何だか久しぶりに父親に叱られた気分だった。

「死ぬ事は逃げだ。
考えて行動する事を放棄してるだけだ。
生きてさえいれば、何とかなる。
今の不満をどうにかして打開できる。

そんで、生きてれば
いつか絶対に、生きてて良かったと思う時がくる。
絶対に。」

もともとそんなにお酒に強い方ではない僕は、
もうなかなかに酔っ払っていましたが、
そのおじさんの言葉だけは、
しっかりと耳に、心に、届きました。

それから僕達は他愛もない話で談笑していました。
会社の愚痴を言いたいだけこぼしました。

いつの間にか僕は机に突っ伏して寝ていました。

目が覚めると、おじさんはいなくなっていました。
テーブルの上にはジョッキが昨日のままあり、
記憶はありませんがとっくりとおちょこが増えていて、
そして小さな木の家には僕だけが残されました。

窓から差し込む光で朝がきた事が分かります。

入った時同様、這って外へ出てみると、
木漏れ日がとても綺麗でした。

夜は暗くて気がつきませんでしたが、
木の家のすぐ横は遊歩道でした。

これに沿って行けば戻れるはず。
自然と足は家路についていました。

これからどうするか、
帰り道で真剣に自分と向き合うとします。

それにしても不思議な出会いでした。
振り返らず、僕は歩き出しました。

これは後日談ですが、
自殺サイトで僕が足を運んだ樹海について調べてみると、
他の自殺志願者の中にも小人に遭遇している人がいました。

どうやら、自分の状況に合った格好の小人が現れるそうです。

もし女子高生があの場所で自殺未遂をしたら。
もしかして制服を着たあのおじさんが現れるのでしょうか。
それは少しいやだなと僕は思いました。


制作:東京マンガラボSS制作チーム

担当:ちゃおこ/めもこ


 


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